7月18日、Ars Technicaが「Will AI fix prior authorization or make it worse?」と題した記事を公開した。米政府がAIを活用した保険事前承認審査の試験導入を進める中、その報酬構造が「却下するほど収益が増える」設計になっているとの指摘が広がっており、患者にとって利益になるのか害になるのかという問いが専門家の間で論争を呼んでいる。
「事前承認」とは何か
事前承認(Prior Authorization)とは、医師が特定の治療や薬を処方する前に、保険会社から承認を得なければならない制度だ。米国では特にメディケア(高齢者・障害者向け公的保険)やメディケア・アドバンテージ(民間保険会社が運営するメディケアの代替プラン)において広く使われており、医師・患者双方にとって長年の行政負担として批判されてきた。
※メディケア・アドバンテージはオリジナル・メディケア(連邦政府が直接給付する従来の公的保険)とは異なり、民間会社が保険の提供・審査を担う点が特徴で、承認・却下の判断基準が会社ごとに異なる点が問題視されてきた。
「却下するほど収益が増える」WISeRモデルの衝撃
米国の公的医療保険を管轄するCMS(Centers for Medicare & Medicaid Services)は、「WISeRモデル」と呼ばれるAI駆動の事前承認システムの試験導入を進めている。WISeRはWhat Is Streamlined e-Reviewの略称とされる。
このモデルの核心は報酬構造にある。AIを使って承認審査を行うベンダーが、CMSの言う「回避支出(averted expenditures)」——すなわち医療費として実際には支出されなかった金額——の一部を報酬として受け取る仕組みになっているとされる(元記事はこの構造をCMSの設計として紹介しているが、最終的な運用細則については確認中の部分も含む)。
端的に言えば、ケアの申請を却下するほどベンダーの収益が増える構造だ。これは利益動機が患者の医療アクセスを妨げるリスクを内包しており、長年指摘されてきた問題の焦点でもある。
複数の議員がWISeRモデルへの資金提供を阻止する決議や修正案を提出しており、患者アクセスへの脅威を根拠に挙げている。
トランプ政権の「二枚舌」
現政権はこの問題において矛盾した姿勢を取っている。
CMSがオリジナル・メディケアでAIによる事前承認を拡大する一方で、同じCMSが民間保険会社——メディケア・アドバンテージを含む——に対しては事前承認の負担を減らすよう圧力をかけている。
CMS長官のメフメット・オズ氏は保険会社の幹部に対し、「自分たちでやらないなら、われわれがやる」と警告している。
これを受けて、業界は自主的な対応を示すデータを公表した。2025年6月から2026年4月の間に、事前承認の申請件数が11%減少したというものだ。ただし、却下率が下がったかどうかは不明であり、この数字が患者にとって実質的な改善を意味するかは判断できない。
「人間のレビューなしにAIで却下しない」という約束
業界団体のサーベイに回答したすべての保険プランが、「医学的必要性や臨床的考慮を含む事前承認申請を、臨床家のレビューなしにAIやアルゴリズムだけで却下することはない」という声明に同意している。また、事前承認の判断根拠についての透明性向上も約束されている。
こうした表明は、AI判断に対する人間監視の欠如という懸念を一定程度和らげる。しかし批判者を納得させるのは容易ではない。
医師でありHealthcare Huddleの創設者でもあるJared Dashevsky氏はこう書いている。
「AIは障壁をなくし、行政的な無駄を削減し、患者と過ごす時間を増やすことができる。だが、今構築されているのはそういうものではない。より速く却下し、より速く異議申し立てをするための軍拡競争だ。存在すべきでない壊れたシステムをさらに自動化しているだけだ。」
本質的な問いは「自動化の目的」
今回の議論の核心は、AIの能力そのものではなく、誰の利益のためにAIが設計されているかという点だ。コスト削減を目的とした自動化と、患者アクセスの改善を目的とした自動化は、同じ技術を使っていても結果は正反対になり得る。WISeRモデルの「却下量に連動した報酬構造」は、その設計思想を問う格好の事例となっている。
詳細はWill AI fix prior authorization or make it worse?を参照していただきたい。