7月16日、The Decoderが「Ex-OpenAI CTO Murati's Thinking Machines drops Inkling, a 975B parameter model that leads US labs but trails China」と題した記事を公開した。元OpenAI CTOのMira Muratiが2024年に設立したThinking Machines Labが、オープンウェイトの大規模言語モデル「Inkling」をリリースした。リリースアナウンスでThinking Machines自身が「現時点で最強のモデルではない」と明言しながらも、米国発オープンウェイトモデルの中ではトップ評価を獲得している。ただし中国勢のモデルには性能で後れを取るという、業界の現状を象徴するような結果だ。
Mira MuratiとThinking Machines Labについて
Mira Muratiは2023年11月のOpenAI取締役会クーデター騒動で一時的にCEO代行を務めた人物で、2024年9月にOpenAIを退社し、Thinking Machines Labを創業した。同社はモデルの重みを公開するオープンウェイト路線を採りつつ、自社プラットフォーム「Tinker」を通じたカスタマイズサービスを収益の柱に据えるビジネスモデルを掲げている。ベースモデルを研究者・企業に広く提供しながら、ファインチューニングやカスタマイズの支援で収益を得る構造だ。
975Bパラメータ、ただし「最強ではない」と自認
Inklingは**MoE(Mixture-of-Experts)アーキテクチャを採用したトランスフォーマーモデルで、総パラメータ数は9750億(975B)、推論時に実際に使用されるアクティブパラメータは410億(41B)**だ。MoEは全パラメータを常時使うのではなく、入力に応じて一部の「エキスパート」モジュールを選択的に活性化する設計で、大規模モデルを比較的低コストで動かせる点が特徴である。
Inklingはテキスト・画像・音声のマルチモーダル入力に対応し、最大100万トークンのコンテキストウィンドウをサポートする。重みはHugging Faceで公開済みだ。
強みとして打ち出しているのは、マルチモーダル対応・効率的な処理・ファインチューニングのしやすさという組み合わせである。自社プラットフォーム「Tinker」を通じてモデルのカスタマイズも提供しており、ベースモデルの販売とカスタマイズサービスを収益の柱に据えたビジネスモデルだ。
学習データは公開データと合成データ合わせて45兆トークンで、テキスト・画像・音声・動画が含まれる。合成データの生成には中国のAIモデル「Kimi K2.5」を使用したと学習データドキュメントに明記されている。競合モデルの出力を学習データとして活用することは、知的財産・ライセンス上の扱いについて業界で議論が続いているデリケートな慣行であり、同ドキュメントには知的財産保護の対象となり得る公開データが含まれる旨も記載されている。
米国勢トップ、だが中国勢に届かず
ベンチマーク評価プラットフォームArtificial Analysisによると、InklingはArtificial Analysis Intelligence Indexでスコア41を記録し、米国発オープンウェイトモデルの中ではトップに立った。
| モデル | スコア |
|---|---|
| Inkling | 41 |
| Nemotron 3 Ultra | 38 |
| Gemma 4 31B | 29 |
| gpt-oss-120b | 24 |
GDPval-AA v2は、知識業務のシミュレーションを通じてエージェント型タスクの実用性能を測る独自ベンチマークだ(Artificial Analysis社が開発・運営)。このベンチマークでInklingはElo rating 1,238を記録し、Kimi K2.6(1,190)やDeepSeek v4 Flash max(1,189)を上回っている。金融業務特化のTau-3 bankingベンチマークでもInklingは**24%**で、Kimi K2.6(21%)とDeepSeek v4 Flash max(23%)に勝る。
一方、事実精度は明確な弱点だ。AA Omniscienceはモデルの事実知識の正確さとハルシネーション(誤情報生成)率を測るArtificial Analysis独自の評価指標で、このベンチマークでのInklingのスコアは**+2にとどまり、精度は40%、ハルシネーション率は63%**という結果が出ている。高い正確性が求められるアプリケーションでの使用は難しい水準だ。
コスト面では、64Kコンテキスト時に入力**$1.87/Mトークン、出力$4.68/Mトークン。GLM-5.2やDeepSeek v4といった中国のオープンソースモデルと比べてやや高めだが、出力トークン数の少なさがInklingの強みとなっている。Artificial Analysisによれば、Intelligence Indexタスク1件あたりの平均出力トークン数はInklingが25,000**。GLM-5.2 max(43,000)、Kimi K2.6(38,000)、DeepSeek v4 Pro max(37,000)を大きく下回る。「思考の深さ」を連続的に調整できる"thinking effort"機能により、コストとパフォーマンスのバランスをユーザーが制御できる設計になっている。
小型版「Inkling-Small」は一部ベンチマークで本家を超える
Thinking Machinesは同時に、Inkling-Smallのプレビューも発表した。総パラメータ2760億(276B)、アクティブパラメータ120億(12B)という小型モデルだが、いくつかのベンチマークでは本家Inklingを上回る結果を出している。
- GPQA Diamond: Inkling-Small 88.3% vs Inkling 87.2%
- HLE(with tools): Inkling-Small 46.6% vs Inkling 46.0%
Thinking Machinesは事前学習データと学習プロセスの改良が要因と説明している。完全な重みの公開はテスト完了後に予定されている。
米国のAIスタートアップが中国のオープンモデルに性能で後れを取るという構図は、DeepSeek登場以降に顕在化した業界の現実だ。Inklingはその中で「エージェントタスクの効率性」という特定領域に軸足を置いた差別化を図っている。ハルシネーション率の高さは課題として残るが、ファインチューニングを前提としたプラットフォームビジネスと組み合わせることで、特定用途でのポジションを確立できるかが今後の焦点となる。
詳細はEx-OpenAI CTO Murati's Thinking Machines drops Inkling, a 975B parameter model that leads US labs but trails Chinaを参照していただきたい。