7月15日、Latent Spaceが「5 Trends That Defined AI Engineering at World's Fair 2026」と題した記事を公開した。この記事では、2026年のAI Engineer World's Fairで浮かび上がった、AIエンジニアリングを定義する5つのトレンドを詳しく論じている。
「プロンプトエンジニアリング」から「ハーネスエンジニアリング」へ
AIエンジニアリングの変化を最も鮮明に示すのが、Lilian Wengによる2本の論文の対比だ。
2023年の論文「LLM Powered Autonomous Agents」では、LLMエージェントの構造を「計画・記憶・ツール使用」の観点から論じ、AutoGPTやBabyAGIを例に挙げていた。それから3年後の2026年、Wengが公開した「Harness Engineering for Self-Improvement」は視点がまるで異なる。モデルそのものではなく、モデルを取り巻くシステム——ワークフロー、コンテキスト管理、権限制御、評価、継続的改善——こそが重要だという主張だ。
ここで言う「ハーネスエンジニアリング(Harness Engineering)」とは、LLMモデル自体の改良ではなく、モデルを包み込む実行環境・ワークフロー・評価・監視の仕組み全体を設計・最適化する工学的アプローチを指す。馬具(ハーネス)が馬の力を制御・誘導するように、エンジニアはモデルの能力を実用的なシステムとして制御・誘導する役割を担うという概念だ。
要するに、AIエンジニアリングの本質は「モデルにプロンプトを送ること」から「モデルの周囲に信頼できるシステムを構築すること」へと移行した。今年のAIEWFでは、AutoGPTの話題はほぼ消え、Claude Code、Codex、Gemini CLI、Cursor、Warpといったツールと、それを本番環境で動かすためのインフラが中心的な議題となった。

コーディングエージェントのループ構造(Lilian Weng作成)
今年の最重要キーワードは「ループ」
AIEWF初日の午前中だけで「loops」という言葉が何度も飛び交い、会期中のキーワードとなった。論点は明確だ——エージェントにどこまで制御を委ねるか、人間はどこで介在すべきか。
現在多くのエンジニアが採用しているのが「アウターループ」モデルだ。エージェントが自律的に作業する「インナーループ」を、エンジニアが上位の「アウターループ」から監視・方向付けする構造である。インナーループはユーザーや外部システムと直接やり取りして作業を実行する層、アウターループはそのインナーループ全体を観察・制御・改善する上位の層と理解するとよい。
自己改善システムのインフラを手がけるIntrospectionの共同創業者Roland Gavrilescuは、Latent Spaceとのインタビューでこう説明した。
「インナーループはユーザーと直接やり取りして作業を実行するシステム。オートリサーチが関心を持つのはアウターループ——プライマリシステムを研究・維持する別のシステムだ。」
元Googleのエンジニアリングリーダー、Addy Osmaniはこの構造を端的に表現した。「エージェントはインナーの実行ループの大部分を担えるが、アウターループはまだエンジニアリングの仕事だ」と。
一方で、完全自律型エージェントへの懐疑論も根強い。HumanLayerのDex Horthyは「ハイプが規律を追い越している」と発言。KubernetesもコントロールループXで動いているが「それは決定論的なループだ」と対比させた。OpenClawの作者Peter Steinbergerは自身の立場をこう表現した。
「エージェントがインナーの実行ループを動かす。私は方向を決め、アウターループで判断を下す。」
さらに印象的だったのが、Geoffrey Huntleyによるアナロジーだ。
「私たちは機関車の運転士のようなものだ。仕事は機関車をレールに乗せ続けること。」
エンタープライズへの浸透:「フォワードデプロイドエンジニア」の台頭
ループ設計の考え方は、「フォワードデプロイドエンジニア(FDE)」という新しい役割を通じて企業導入が進んでいる。FDEとは、エンジニアが顧客組織に入り込んでAI機能の実装を担う職種だ。
SierraでFDEを率いるNatalie Meurerはこう述べた。「すべてのエンタープライズは、エージェントエコシステムが実現できることすべてをどう維持するかを知りたがっている。すべてのインテグレーションと、エージェントに関わるすべてのチームを管理する必要がある。」
CursorのFDE担当Pauline Brunetは、エンゲージメントの成否をROIで測るとした上で、「私たちが去った後も、彼らはシステムをシャットダウンしない——それが真のROIの証明だ」と語った。
また、Brunetは「ソフトウェアファクトリー」という概念にも言及。「ソフトウェアファクトリーとは、プロセス全体を通じて人々を支援する長時間稼働のエージェントを意味する」とし、それを実装するのがFDEの仕事だと説明した。
WarpのCEO Zach Lloydは、自社の新しいソフトウェアファクトリープラットフォーム「Oz」について、「リポジトリと自動化したいライフサイクルの部分、そして人間をループに入れるポイントを自分たちで選ぶ。コードレビューを完全自動化するか、高リスクな変更は人間がレビューするか——組織やコードベースによって判断は異なる」と述べた。
ただし、Brunetが釘を刺すように、企業のAI導入は「依然としてアーリーアダプターに集中」しており、組織内の適切な推進者を見つけることが現状のFDEにとって最大の課題だという。
エンタープライズにおけるコンテキスト管理
企業固有のデータをAIシステムでどう扱うかも重要な議題となった。AtlanのPrukalpa Sankarはカンファレンスで「コンテキストエンジニアリング」を提唱し、「ビジネスシステムからのコンテキストが、会社の共有ブレインを経由してMCP・API・検索を通じてエージェントやアプリへと流れる経路」を設計することが重要だと述べた。
MCPとはModel Context Protocolの略で、AIモデルが外部ツールやデータソースと連携するための標準インターフェース仕様だ。
Anthropicが示す「モデルは設計されるものではなく、育つもの」
フロンティアモデルの予測困難さも、AIEWF全体のトーンに影響を与えていた。AnthropicのThariq Shihiparは、最新モデルClaudeの振る舞いを有機的なシステムに例えた。
「モデルは設計されるのではなく、育つ。Claudeは『スパイク状に』賢くなる。」
この「能力オーバーヘッド」とも言える予測不能性が、評価・監視システムを持つ構造化されたエージェント開発の必要性をさらに強調する。フロンティア企業でさえ、自分たちのモデルがどう進化するか完全には把握できていない——だからこそ、ハーネスとループの設計が中核的な工学的課題になっている。
AIエンジニアリングは2023年の「プロンプトを書く人」から、2026年には「エージェントシステムを設計・監督する人」へとその定義が塗り替えられた。OpenAIのRomain Huetがキーノートで言い放った一文が、この変化を象徴している。「ソフトウェアが世界を食べ、AIがソフトウェアを食べた。そして今、AIエンジニアが世界を食べている。」
詳細は5 Trends That Defined AI Engineering at World's Fair 2026を参照していただきたい。