7月16日、RuntimeWireが「Thinking Machines releases Inkling, its first open-weights AI model」と題した記事を公開した。元OpenAI CTOのMira Murati率いるThinking Machines Labが初のオープンウェイトマルチモーダルモデル「Inkling」をリリースしたこと、および同社のビジネス戦略について詳しく紹介されている。
「最高性能ではない」と自ら認めるモデル
まず押さえておきたいのは、Inklingの最大の差別化ポイントが性能ではなくカスタマイズ性にあるという点だ。音声処理アーキテクチャの独自性や、モデル自身がファインチューニングジョブを実行するセルフファインチューニングのデモは、その思想を体現した具体例として特に注目に値する。この2点を念頭に置きながら以下を読み進めると、Thinking Machinesの戦略の輪郭が見えやすくなる。
Thinking Machines Labは、初の自社学習済み基盤モデル「Inkling」をリリースし、全ウェイトをHugging Face上でApache 2.0ライセンスの下に公開した(※元記事には「2025年7月15日」リリースと明記されている。本紹介記事の掲載は2026年7月16日時点であり、約1年前のリリースであることに留意されたい)。
Inklingで最も特徴的なのは、リリース文言そのものだ。Thinking Machinesは公式発表の中で、Inklingは「現在市場で入手可能なモデルの中で最高性能ではない(クローズドもオープンも問わず)」と明記している。これは弱点の告白ではなく、ターゲットを明確にした戦略的な表明だ。同社が狙うのは、汎用的なフロンティアモデルのAPIを借りるのではなく、モデルの挙動を自分でコントロールしたい開発者である。
Muratiは2024年9月にOpenAIのCTOを退任後、Thinking Machines Labを設立。WIREDの報道によれば、2025年7月時点でAndreessen Horowitz主導、NvidiaやAccel、Cisco、AMD参加のもと、評価額120億ドルで20億ドルのシード資金を調達している。この規模の資金調達に対し、最初のモデルがコンシューマー向けチャットボットではなく、開発者向けのカスタマイズ可能な基盤モデルである点が、同社の方向性を示している。
音声処理が技術的な差別化ポイント
マルチモーダル対応の中で、Thinking Machinesが特に強調しているのが音声だ。InklingはエンコーダーフリーのアーキテクチャでAI音声を処理し、音声信号を離散dMelスペクトログラム(音声の周波数特性を離散値で表したもの)として入力する。従来のエンコーダーを挟む構成と異なり、テキストと同一のトークンストリームで音声を扱える点が特徴だ。画像は40×40ピクセルパッチを4層のhMLPでエンコードし、同様にテキストと共通のトークンストリームで処理される。
Thinking Machinesが公開したベンチマーク(自社報告)は以下の通りだ:
- VoiceBench:91.4%
- MMAU:77.2%
- AudioMC:56.6%
これらの数値についてThinking Machines自身は、元記事中で「Gemini 3.1 Pro」(※元記事の表記をそのまま引用)には及ばないと認めつつ、オープンウェイトモデルの中では上位に位置すると主張している。
推論時にはPythonを使って画像のズームやクロップを実行できる点も特徴で、ツール使用型エージェントに近い画像解析挙動を実現している。
Tinker:モデルをワークフロー内で「動的に変形できる部品」として扱う
ウェイトを無償公開するとAPIのロックインが失われるという問題は、オープンウェイト戦略の定番の課題だ。Thinking MachinesはこれをTinkerで解決しようとしている。
Tinkerは元記事に「2025年10月にローンチされた」と記述されているトレーニングAPIで、分散インフラをThinking Machinesが管理しつつ、開発者がforward_backward、optim_step、sample、save_stateといった低レベルのプリミティブを通じてモデルのファインチューニングを制御できる。 LoRA(Low-Rank Adaptation)を使用することで、複数のファインチューニングジョブが同じ計算リソースプールを共有できる。
このTinkerの製品思想を端的に示すのが、Inklingリリースと同時に公開されたセルフファインチューニングのデモだ。Inklingが自ら「文字'e'を使わずに返答する」という制約付きのファインチューニングジョブを記述し、Tinker上で実行・評価・ウェイト更新までを完結させた。所要時間は約27分。 タスク自体は単純な例だが、「モデルをワークフロー内で動的に変形できる部品として扱う」という製品思想を体現している。モデルそのものをソフトウェアのように書き換えながら使うという発想は、従来のAPIファーストなAI活用とは一線を画す。
Inklingはコンテキスト64Kと256KのオプションでTinker経由でも利用でき、期間限定で50%割引を提供中だ。また、Together AI、Fireworks AI、Modal、Databricks、Basetenを通じた初日からのAPI提供も整備されている。
モデルのスペック
Inklingの主要なアーキテクチャ仕様は以下の通りだ。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 総パラメータ数 | 9750億 |
| アクティブパラメータ数 | 410億 |
| コンテキストウィンドウ | 最大100万トークン |
| 事前学習データ量 | 45兆トークン(テキスト・画像・音声・動画) |
| ルーティングエキスパート数 | 256(1トークンあたり6つがアクティブ) |
アーキテクチャは**Mixture-of-Experts(MoE)トランスフォーマー**で、スライディングウィンドウアテンションとグローバルアテンションを組み合わせた構成を採用している。MoEは全パラメータのうち一部のみを推論時に使用することで計算効率を高める手法で、MistralのMixtralやDeepSeekのR1でも採用されている。
Hugging Faceでは通常チェックポイントに加え、Nvidia Blackwell向けのNVFP4チェックポイントも公開されている。
次弾:Inkling-Small
Thinking Machinesはより軽量なInkling-Small(総パラメータ2760億、アクティブ120億)も予告している。Inklingと同様のレシピで訓練されており、同社の内部評価では数学・科学・視覚・音声の一部ベンチマークで大型モデルと同等以上の性能を示すという。ただしウェイトの公開はテスト完了後とされており、現時点では未公開だ。
用途として同社が挙げているのは、コーディング、モデルグレーディング(モデルの評価作業)、合成データ生成といった、推論コストを抑えたい専門的なワークロードだ。
なお、Thinking Machinesはモデルカードの中でInklingの制限についても開示している。幻覚の発生、長いマルチターン会話での性能劣化、命令への不正確な追従が起こりうること、また既存のオープンウェイト市場を超える危険な能力の付与は確認されなかったと報告している。
詳細はThinking Machines releases Inkling, its first open-weights AI modelを参照していただきたい。