7月16日、The Decoderが「GPT-5.6 Sol reportedly disproves a 30-year-old statistics conjecture in 90 minutes after humans couldn't crack it」と題した記事を公開した。OpenAIのGPT-5.6 Sol Proが、統計学における30年来の未解決予想を約90分で反証したという報告だ。
30年間誰も答えを出せなかった統計学の予想
統計学の世界では、多数の仮説を同時検定する際に「偽陽性」が増加するという問題がある。ゲノム全体をスキャンして疾患関連遺伝子を探す研究などが典型例だ。
この問題に対処するため、1995年にYoav BenjaminiとYosef Hochbergが偽発見率(FDR: False Discovery Rate)を制御する手法「Benjamini-Hochberg法(BH法)」を開発した。FDRとは、有意とされた結果のうち実際には誤検出である割合を指す。BH法は現代統計学の標準的手法として定着しており、元論文の被引用数は13万件以上に達する。
ただし、BH法が正式に証明されているのは独立したデータが前提だ。現実のデータには相関が存在することが多い。たとえば遺伝子座は連鎖不平衡によって互いに相関している。専門家たちは長年、「相関のある正規分布データに対しても、特に両側検定の場合はBH法が信頼できるはずだ」と仮定してきた。しかし、その仮定に対して誰も明確な答えを出せずにいた。
GPT-5.6 Sol Proが90分で反証
ペンシルベニア大学ウォートン・スクールの准教授、Edgar Dobribanが、OpenAIのGPT-5.6 Sol Proを用いてこの未解決問題に取り組んだ。AIは、実際のFDRが目標水準を超えてしまう統計モデルを構築。シミュレーションがその結果を裏付け、30年来の仮定が反証された。
所要時間は約90分。なお、前世代モデルのGPT-5.5はおよそ20時間試みても解を見つけられなかったとされる。Dobribanは「世代間の能力向上は明らかだ」とコメントしている。
※元記事には「GPT-5.5が複数のエージェントを用いた」という具体的な記述は明示されていない。前世代モデルの試行方法の詳細については元記事を直接確認されたい。
反証の内容を記したプレプリント(faculty.wharton.upenn.edu経由のPDF)が公開されており、正式なプレプリントリポジトリへの収録状況は執筆時点では未確認である。コードおよびAIとの全チャット履歴も合わせて公開されている。
実害は小さいが、理論的意味は大きい
Dobribanによれば、FDRが目標水準を超えるギャップは「比較的小さい(0.104 vs 0.1)」とされており、現時点では実用上の影響より理論的な重要性が高い。BH法が即座に使えなくなるわけではない。
ただ、「30年間誰も答えを出せなかった仮定をAIが反証した」という事実は、研究者コミュニティに大きな波紋を呼んでいる。バークレーの統計学者Will Fithianは反証された予想を「自分の専門分野で最も興味深い未解決問題」と呼び、この結果を「数学にとどまらず広範な影響をもたらすAI能力向上の指標」と評価した。
一方でFithianはこう吐露している。
「重要な結果が常に祝うべき同僚を意味し、称えるべき人間の洞察を意味していた日々が、なつかしくてならない。人間の成果に感化される時代の終わりを悼まずにはいられない。」
「新発明」ではなく「既存手法の組み合わせ」
数学における類似の事例と同様に、今回の解法も既存手法の組み合わせで成立している。Dobribanはその組み合わせ自体は「特に驚くべきものではない」と述べつつも、適切な接続方法を見つけることが困難だったと指摘する。
ここで浮かぶ根本的な問いは、「LLMは人間のデータで訓練された範囲内の再組み合わせしかできないのか、それとも真に新しい知識へ到達できるのか」だ。この問いは、今回のような「反証」の事例が積み重なるにつれ、AI研究コミュニティ全体にとってより切実な問題となっている。再組み合わせで十分であっても実用上の価値は大きいが、AIが自律的に学習・改善する能力の実現には、それ以上のものが必要と考える研究者も多い。DeepMindのHassabis CEOもこの先行きについて慎重な楽観論を示しており、深層学習の先駆者Richard Suttonも自律学習型AIエージェントの構築を目指す新スタートアップを立ち上げている。今回の反証事例は、そうした議論の文脈においても注目される一件だ。
詳細はGPT-5.6 Sol reportedly disproves a 30-year-old statistics conjecture in 90 minutes after humans couldn't crack itを参照していただきたい。