7月13日、Ray Myersが「Zig Creator Calls Spade a Spade, Anthropic Blows Smoke」と題した記事を公開した。この記事では、BunのZigからRustへの大規模書き直しをめぐるAnthropicの公式説明に対し、Zigの作者Andrew KelleyとエディタZedの共同創業者らが異議を唱える論争を詳しく取り上げている。
「技術的な意思決定の説明には、動機・検討した選択肢・トレードオフの三つが必要だ」——Myers氏がそう指摘するように、この論争は単なる言語論争ではない。AI企業がエンジニアリングの判断をいかに語るか、という問題提起だ。
事の発端:AnthropicによるBun買収とRust移行
BunはNode.js互換の高速JavaScriptランタイムだ。もともとはZig(モダンなCに相当するシステムプログラミング言語)で書かれており、世界最大級のZigコードベースの一つとして知られていた。
そのBunが2025年末にAnthropicに買収された後、創業者のJarred SumnerがほぼすべてのコードをZigからRustへとAIエージェントを用いて書き直し、数日でmainlineにマージした。2ヶ月後、Anthropic/Bunはその理由を説明するブログ記事を公開。The Registerは「Anthropic's Bun Rust rewrite merged at speed of AI」と報じた。
これに対し、Zigの作者Andrew Kelleyが自身のブログで反論を公開した。その内容は異例なほど率直なものだった。なお、元記事タイトルの「Zed Creator」は、エディタZedの共同創業者Nathan Soaresも同様の見解を示したことを指しており、Zigの作者Andrewとは別人物である。Myers氏の記事はこの二つの声を軸に構成されている。
三者三様の「なぜ移行したのか」
論争の核心は、移行の真の理由をめぐる解釈の対立だ。Myers氏はこれを三つのストーリーとして整理している。
Anthropic/Bunのストーリー: Bunはあらゆる手を尽くしたが、Zigではメモリバグを制御しきれなかった。
Andrewのストーリー: コードが混乱状態なのは、AIエージェントに書かせ・レビューさせるというエンジニアリング判断の結果だ。
Myersのストーリー: メモリバグという正当な課題に対して複数の選択肢があった。しかし管理層がRust書き直しを承認した実質的な理由は、AnthropicのAIコーディングエージェント「Claude」の新モデルであるFable(2026年に発表されたコーディング特化モデル)のマーケティング機会として最適であり、AnthropicがすでにRustを採用しており、さらにZigはAnthropicのプロダクト使用をコードオブコンダクトで制限しているからだ。
Myers氏は「ビジネス的には理にかなっている、ただそれをマーケティングではないと語るのが問題だ」と指摘する。なお、これはMyers氏個人の解釈であり、Anthropic/Bunはこの見方を公式に否定していない。実際、ZigはコードオブコンダクトでAI生成コードのコントリビューションを**0%と定めており(AIツールで生成したコードをZig本体に取り込まないという方針)、BunはAIによるコントリビューションがほぼ100%**と主張している。この価値観の対立が論争の背景にある。
Anthropic/Bunの説明文書に欠けているもの
Myers氏が特に問題視するのは、Bunが公開した技術的説明の「作り」だ。技術的意思決定の説明に必要な三要素を軸に評価すると、動機の説明は一定程度あるが、検討した選択肢は不十分、トレードオフの記述はほぼ皆無だという。
たとえば、大規模RustコードベースはビルドタイムがZigより遅くなる傾向がある。過去にBun自身がビルド速度改善のためZigコンパイラをフォークするほど速度にこだわっていたにもかかわらず、今回の説明にはビルドタイムへの言及がない。
さらに指摘されているのが「スタイルガイドを試したのか?」という点だ。金融トランザクションデータベースのTigerBeetleも主要なZigコードベースだが、メモリバグとは無縁で極めて高い信頼性を誇る。その理由として彼らが挙げるのがTigerStyleという独自のエンジニアリング哲学だ。TigerStyleの核心の一つはこうだ。
すべてのメモリは起動時に静的にアロケートしなければならない。初期化後の動的なアロケート(または解放・再アロケート)を行ってはならない。これにより予測不能な挙動とuse-after-freeを回避する。
Bun側の説明文書でもTigerStyleに言及してはいるが、Myers氏によればそれは「試したが機能しなかった」という形式的な棄却であり、実質的な検討の跡が見られないという。
「ミートグラインダー」としての組織文化
Andrew Kelleyは、Bunチームの内部事情として耳にした話をこうまとめた。
コミュニケーション不足、非現実的な期待、共感の欠如、経験の不足。完全なカオスだ。
Myers氏はこれを「驚くことでもない」と言う。2022年のBun立ち上げ時の求人には「最初の9ヶ月はとにかくグラインドになる。ワークライフバランスを重視するなら向いていない」と書かれており、90時間労働週をXで自慢する投稿も残っている。
「知識労働においてクランチ状態を続けることは健康にも生産性にも悪影響を及ぼす。これは確立された事実だ」とMyers氏は述べ、Hillel WayneのEmpirical Software Engineeringを参照として挙げている。なおMyers氏自身はBunを技術的には評価しており、「劣悪な職場環境にもかかわらず優れた技術が生まれることはある」とも付け加えている。
「メルトダウン」か、それとも必要な一石か
Andrewの反論を「メルトダウン」と評する声もある。Dax(SST/OpenNextの開発者)はLinkedInでこう書いた。
うちにもかなり大規模なオープンソースのZigコードベースがあって、彼がそれを見にくるんじゃないかと怯えてる
一方Myers氏は「読みながら声に出して応援していた」と記している。Myers氏の批判の矛先はJarred Sumner個人よりもAnthropicという組織に向いている。「ソフトウェアエンジニアリングはなくなる」というナラティブを大規模な資金調達を背景に売り込む中で、BunのRust書き直しは「AIがこれだけのことができる」という事例として機能している。Myers氏はその語り方の誠実さを問うている。
なお、Bun/Anthropicの公開ブログ記事が示した技術的手法——unsafeなRustへのファイル単位の段階的移行——についてはMyers氏も「実際の貢献だ」と評価している。この論争は移行手法そのものへの批判ではなく、説明の仕方と背後にある意図への問いかけだ。
詳細はZig Creator Calls Spade a Spade, Anthropic Blows Smokeを参照していただきたい。