7月12日、The Decoderが「AI agents win at Slay the Spire 2 after researchers replace growing chat logs with structured memory」と題した記事を公開した。この記事では、LLMエージェントの「膨張するチャットログ問題」を5層の構造化メモリで解決し、デッキ構築型ローグライクゲームで勝率を大幅に向上させた研究について詳しく紹介されている。
チャットログが膨らむほど、エージェントは壊れていく
LLMベースのAIエージェントが抱える根本的な問題がある。ReActやReflexionのような典型的な実装では、過去の観察・ツール呼び出し・自己反省の内容を次のプロンプトに追記し続ける。ゲームや複雑なタスクのように長期にわたる処理では、これが数十万トークン規模に膨れ上がり、コンテキストウィンドウを圧迫するだけでなく、モデルのアテンション(注意機構)が希薄化して推論精度も落ちる。研究者たちはこの現象を「context rot(コンテキスト腐敗)」と呼ぶ。
中国・Shanda AIの研究チームはこの問題を、デッキ構築型ローグライク「Slay the Spire 2」を舞台に検証した。このゲームを選んだ理由は明確だ。1プレイで数百の意思決定が発生し、ルールはすべてテキストで表現可能で、ランダム性が高く、プレイ時間も長い。人間のプレイヤーでも最低難易度(A0)の勝率は16%にとどまり、AGI-Eval評価で使用されたフロンティアモデルは5つの設定で1勝もできなかった。アーキテクチャの差が結果に直結する、厳しいベンチマーク環境だ。
5層メモリが「都度リビルド」する設計
研究チームが開発したAgenticSTSは、ログを積み上げる代わりに、意思決定ごとにプロンプトを5つの固定スロットから新規構築する。
| レイヤー | 内容 | 性質 |
|---|---|---|
| L1 | プロトコル指示(固定) | 静的 |
| L2 | 現在の状態スキーマと有効アクション | 動的 |
| L3 | 検索されたゲームルール | 必要時取得 |
| L4 | 過去ランの要約(エピソード記憶) | ラン間で学習 |
| L5 | 状況別の戦術スキルライブラリ | ラン間で学習 |
エージェントが何かを次の判断に持ち越したければ、必ずこれらのストレージに書き込む必要がある。この制約がプロンプトサイズを一定に保つ。実際の「ユーザーテキスト」部分は約5,000トークンで、ゲーム時間によらず一定だ。
スキルライブラリ(L5)が勝率を2倍にした
メモリ層なしで動かした場合、エージェントの勝率は10試合中3勝。L5のスキルライブラリ(特定状況の戦術ルールを蓄積)を有効にすると10試合中6勝に跳ね上がった。スキルを手動で記述しても、テンプレートから自動生成しても結果は変わらなかった。
ただし研究チーム自身が認めているとおり、1条件あたり10試合という少ないサンプルでは、この倍増がノイズである可能性を排除できない。
エピソード記憶(L4)については、最低難易度A0での効果が確認されなかった。元記事によれば、A0では10試合程度の範囲でL4の有無による勝率差が観測されなかった。一方、勝利のたびに次の難易度に挑戦する「昇段モード」では、ランをまたいで記憶を更新し続けることで効果が顕在化した。A0とは異なり昇段モードでは累積的な失敗・成功パターンが記憶に蓄積されるため、難しい局面でその参照が機能しやすいと考えられる。具体的には、L4を有効にしたエージェントが難易度A6〜A8に到達したのに対し、記憶なしではA2〜A4で頭打ちになった。
また、元記事に記載されたモデル名については、正式リリース名と照合する必要がある点を断っておく。本文中の「Gemini 3.1 Pro」「Qwen 3.6-27B」「Deepseek V4-Pro」はいずれも元記事の記載に基づいているが、執筆時点でのリリース済みモデル名(例:Gemini 2.5 Pro、Qwen3シリーズ、DeepSeekの各バージョン)との対応が不明瞭であることを注記する。元記事を直接参照のうえ確認されたい。
これらモデルを使ったメモリ転用実験では、あるモデルが蓄積したメモリスタックを別モデルに転用すると、一方のスコアが84.5%向上した一方、もう一方は18.1%低下した。いずれも勝利には至らず、メモリは生成したモデルへの依存が強い可能性が示唆されている。
トークンコストで見える本当の差
公開中の2つのSlay the Spire 2エージェント——STS2MCPとCharTyr——は従来型の「ログ追記方式」を採用している。これらと同一のLLMを使って比較した結果は明確だった。
- STS2MCPは1ゲーム終盤の単一モデル呼び出しで約527,000トークンに達した
- AgenticSTSは約5,000トークンで一定
- 両競合はスコア1点あたりAgenticSTSの66〜90倍のトークンを消費
- 処理時間は競合が4倍長く、その遅延の96%はモデルの応答待ちに由来
なお研究チームは、STS2MCPやCharTyrはルーティングや意思決定のバッチ処理でも異なる実装を持つため、この差がメモリ設計のみの効果とは言えないと述べている。
残された課題と公開データ
最大の課題は「同一コードベース内での対照実験」がまだ行われていない点だ。現状では評価対象のキャラクターはSilentの1体のみで、他キャラクターやパッチへの汎化も未検証である。
研究チームは298本の完全プレイログ、メモリスナップショット、評価スクリプトをHugging Faceで公開しており、他の研究者が同一環境で別のメモリアーキテクチャを試せる。
AgenticSTSが示した設計の本質的な価値は、メモリを名前付きレイヤーに分離することで「どの層がどの挙動を引き起こすか」を事後に特定できるようになる点にある。コンテキスト肥大化への対処は現在活発に研究されている領域であり、AnthropicのMemory ToolやContext Editingはコンテキスト内容の動的な書き換えを、中国発のGAMフレームワークはゴール・行動・メモリの分離管理を、オープンソースのMastraはエージェントのメモリ層をAPIとして抽象化する形でそれぞれ取り組んでいる。AgenticSTSの5層モデルはこれらと問題意識を共有しており、ゲームという可観測性の高い環境での実装例として位置づけられる。
詳細はAI agents win at Slay the Spire 2 after researchers replace growing chat logs with structured memoryを参照していただきたい。


