7月10日、WIREDが「Robot Dogs, Teslas, and Rescue Helicopters: The UN AI Summit Was a Lot」と題した記事を公開した。ジュネーブで開催された国連主催の「AI for Goodサミット」の現場リポートで、10年間問い続けられてきた「AIは誰のためのGoodか」という問いが、いまだ答えを持てないでいる実態を浮き彫りにしている。ロボット犬が会場を走り回り、基調講演には活動家が乱入し、コンピューティング格差を巡る議論が交錯する——祭りの熱気と構造的な焦燥感が混在するサミットの姿がここにある。
「Goodとは何か」を定義できないまま走り続けるAI
会場はジュネーブの空港近くに位置する10万6000平方メートルの巨大コンベンションセンター。Teslaのサイバートラックが国連の救助ヘリコプターと並んで展示され、ヒューマノイドロボットがブース間を走り回る。その横で、グリーンに光るサイレントディスコ用ヘッドフォンをつけた参加者がUNのパネルディスカッションを聴きながら歩き回る——これが「AI for Goodサミット」の会場の実情だ。ロボット犬(Boston DynamicsのSpotのような四足歩行型ロボット)も複数のブースに登場し、来場者の注目を集めていた。
国連の国際電気通信連合(ITU)が主催するこのサミットは今年で10年目を迎える。官民の代表者が集まり、AIを人類の利益のために活用する方法を議論する場だ。
しかし、「Good(善)」が何を意味するのかという問いは、サミット全体を通じて宙吊りのままだった。
ハーバード大学の工学教授Vijay Janapa Reddiは、セッションの喧騒の中でこう言い切った。
「AIの話になると、みんなハイプに夢中になって興奮する。だが実際には全然機能しない。エンジニアにとって『good』は何の意味もない。5分しか飛べない飛行機はgoodじゃない」
「Good」という抽象的な目標はエンジニアリングの仕様にはならない、という指摘は、この場の本質的な矛盾を突いている。
「無垢の時代は終わった」——現場の批判
会場の外では、より直接的な批判が飛んだ。人道支援キャンペーン団体Access Nowの上級人道支援担当官Giulio Coppiは、公共セクターが大手テクノロジー企業に過度に依存している現状を名指しで批判した。
「私たちはもう無垢の時代から抜け出すべきだ。テクノロジー企業をベストフレンドのように扱うのはやめなければならない」
Coppiは、公的資金で賄われた不透明な数百万ドル規模の取引が10年間続いてきたと指摘。「自分たちのテックスタックの中身すら説明できないでいる」と警告した。
会場内では別の衝突も起きた。Amazonの元最高技術責任者(CTO)として知られるWerner Vogelsによる基調講演中に、パレスチナ支持活動家がステージに乱入した(※Vogelsは2023年にAmazon CTOを退任。元記事の文脈では登壇者として紹介されている)。活動家はAmazonの技術がイスラエルによるパレスチナ人への攻撃に使われていると訴え、最終的に会場外に連れ出された。退場後も会場内には緊張した空気が漂い、参加者の間でざわめきが続いたとWIREDは伝えている。
インフラの政治学——誰が計算資源を持つか
サミットを通じて繰り返し浮上したのが、コンピューティングリソースへのアクセス格差という問題だ。
誰がモデルを使えるか、誰がチップを買えるか、誰が「コンピュート経済」から排除されるか——これは今のグローバルなAI議論の核心にある。米国では輸出管理規制をめぐる政策が二転三転しており(※トランプ政権による規制の実施・修正・一部撤廃は段階的に行われており、元記事もこの経緯を複雑な背景として言及している)、中国がオープンウェイトモデルの公開度を見直す動きがあるとされる報道も、この文脈で理解できる。
AIハードウェアと拡大するデジタル格差をテーマにしたセッションでは、Institute for Policy, Advocacy, and GovernanceのSyed Munir Khasru議長がこう主張した。
「コンピュートはもはや技術の問題ではなく、開発の問題だ。全員のためのAIとは、開発インフラのことを意味する」
また、主要な大規模言語モデル(LLM)の多くが英語中心に設計されているという指摘もあった。豊かな市場以外のコミュニティにAIが届くためには、安価なハードウェアで動く小規模なローカルLLMが不可欠だという論点だ。
IEEEのAnja Kaspersen氏は、最も重大な意思決定はこうした国連の会議ではなく、「隠れたアーキテクチャ、技術標準、調達の選択」の中に埋め込まれていると指摘する。舞台上の議論よりも、目に見えないところで積み上げられる技術的選択こそが、実質的なAIガバナンスの現場だという警告だ。
「ガバナンスの演劇」を超えられるか
具体的な成果として、サミットではルワンダのPaul Kagame大統領とSalesforceのCEO Marc Benioffが共同議長を務める44カ国・機関からなる委員会の設立が発表された。「AI for Good」を推進するための体制だ。
国際電気標準会議(IEC)のGilles Thonet副事務局長は、エンジニアが人権を「他人事」と考えがちな慣行に異議を唱えた。「実際にはそうではない」と彼はWIREDに語る。
世界銀行のAI・デジタル経済担当顧問Jeremy Ngは、AIの影響評価が「ガバナンスの演劇」やテック大企業のチェックボックス作業に終わらないよう、実効性のある道具にしなければならないと訴えた。
ただし現実は厳しい。コンセンサスなしに行動は起こせないが、コンセンサスを形成する間にも技術は前に進み続ける。10年間、同じ問いを繰り返しながら、答えの輪郭すら定まらないまま委員会だけが増えていく——会場内で人型ロボットが参加者の視線を集めながらブース間を駆け抜ける光景は、その象徴だった。
詳細はRobot Dogs, Teslas, and Rescue Helicopters: The UN AI Summit Was a Lotを参照していただきたい。