7月8日、WIREDが「This Former DeepMind Exec Thinks the AI Arms Race Could End in Disaster」と題した記事を公開した。元Google DeepMindの公共政策責任者であるVerity Hardingが、「AI軍拡競争」という言説の危険性と、その先に待つ最悪のシナリオについて語っている。
「AI軍拡競争」という言説が政策を歪める
Verity Hardingは2016年から2020年にかけて、Google DeepMindのグローバル公共政策部門の責任者として、バラク・オバマ、エマニュエル・マクロンをはじめとする世界各国の政治指導者にAIの最新動向を説明してきた人物だ。
彼女が今、警鐘を鳴らすのは技術そのものではなく、技術を語る言語である。
Hardingが新たに編纂したエッセイ・アンソロジー「Reframing the AI Arms Race」には、歴史家のLawrence Freedmanや日本の政治家・河野太郎など、世界の政界・学術界から論者が集まっている。出版社・発行時期など詳細は元記事に案内がある。彼らの主張の核心は一点だ——「AI軍拡競争」という比喩を使い続けることが、国際協調の扉を閉じる。
Hardingはこう語る。
「軍拡競争という言説は、西洋対中国という文明的な戦争だという考えに基づいている。それはある意味、非常にわかりやすいフレーミングだ。しかしそこに深く踏み込むと、思考を制限していることに気づく」
言説の転換点はChatGPTと地政学の交差点
Hardingによれば、DeepMindに在籍していた当時、AI研究は国際協調を基盤としていた。「技術は刺激的だが、懸念点は協調して対処すべき問題だ」——それが当時の共通認識だったという。
転換点として彼女が挙げるのは2022年11月のChatGPT登場だ。ただし、ChatGPT単独ではなく、それが以下の出来事と重なったことが決定的だった。
- コロナ禍によるボーダーレス社会への反動
- ウクライナ侵攻によるAI兵器論議の現実化
この時期に「AI=新たな核兵器」「米中は新冷戦」という図式が急速に"常識"として定着した。Hardingはこのダイナミクスをさらに掘り下げる。AIラボ自身もこの言説に加担していると指摘する。
「AIを軍拡競争と呼ぶことで、ラボは自らに権力を集中させる。『これほど強力で新しい技術だから、我々だけが答えを持ち、我々だけが解決策を牛耳るべきだ』という論理だ」
規制に反対する勢力にとっても、「中国に勝たせるな」という言説は都合がよい。規制そのものへの反論として機能するからだ。
「軍拡競争」の行き着く先
Hardingが最も強く懸念するのは、この言説が固定化した先の世界だ。
「自然な長期的帰結は、政府によるこれらのシステムへの過剰な管理と権力の集中だ。安全でなく有益でもないシステム。そして多数の衛星国家が一方の超大国に追随するだけの構造になる」
米国のトランプ政権が進めるAIナショナリスト的な大統領令や、Anthropicの最新フロンティアモデルが特定市場から事実上締め出される動き(元記事が報じる政府関与の動向を指す)は、Hardingにとってまさにその最悪シナリオが現実化しつつあるサインに映る。
中堅国連合という対抗軸
Hardingが提唱するのは「中堅国連合(middle powers coalition)」だ。カナダ、フランス、日本、韓国、インド、英国などを念頭に置く。それぞれが異なる強みを持ち寄ることが重要だとHardingは強調する。
- インド:スケールとデジタル普及力
- 英国:技術人材とスタートアップ・エコシステム
- カナダ:レアメタルなどの重要鉱物
「米中二択の駒にならない」ための交渉力とスケールを確保するためにこそ、こうした連合が有効だとHardingは主張する。単なる地政学的な防衛戦略ではなく、技術標準やガバナンスの議論において実質的な発言権を持つための基盤として位置づけているのが特徴的だ。
「競争は正常で健全だが、協調と相互排他的である必要はない」というのが彼女の立場だ。完全な自国主権AIスタックを持てる国は現実には存在せず、チップ、重要鉱物、科学者、製品市場——どこかに戦略的な依存が生まれる。だからこそ、孤立した自国優先主義ではなく、対等なパートナーシップによる協調が現実的かつ有効な選択肢になるとHardingは論じる。
「協調する筋肉」を使い続けること
Hardingはインタビューをこう締めくくる。
「軍拡競争の言説、ラボ間の競争、AIに見られるナショナリズム——それらすべてが、人々に協調の筋肉を使わせなくしている。その筋肉は使い続けなければ萎える」
AIガバナンスの議論は技術の話である以上に、誰がどの言葉でその技術を定義するかの闘いでもある。Hardingが問い直しているのはその根本だ。
詳細はThis Former DeepMind Exec Thinks the AI Arms Race Could End in Disasterを参照していただきたい。