7月3日、ZME Scienceが「Anthropic Wants to Make Its Own Drugs With Help from Claude」と題した記事を公開した。AIツールを販売する企業が、そのツールで自ら薬を作ろうとしている——Anthropicの新発表が示すのは、そうした役割の逆転だ。製薬会社にClaudeを売るだけでなく、自社で前臨床創薬プログラムを立ち上げるという構想は、AI企業のビジネスモデルの定石を外れている点で注目に値する。
AIツールの会社が、自ら薬を作ろうとしている
Anthropicは2026年6月30日、サンフランシスコで開催したイベントで、自社による前臨床(preclinical)創薬プログラムの立ち上げを発表した。対象は「neglected diseases(顧みられない病気)」。製薬会社が市場の小ささゆえに開発を敬遠してきた領域で、研究・開発への投資が構造的に乏しいカテゴリを指す(患者数の少なさを指す「希少疾患/rare diseases」と重複する部分はあるが、neglected diseasesは投資インセンティブの欠如に主眼を置く概念であり、厳密には区別される)。
同時に発表されたのが「Claude Science」。研究者や製薬企業向けのAIワークベンチで、ゲノミクス、シングルセル解析、プロテオミクス、ケモインフォマティクスに特化した環境があらかじめ設定済みで、60以上の科学データベースと連携している。タンパク質構造や分子を直接表示し、すべての結果はコードに紐づいて再現可能な設計だという。
この構想をAnthropicのライフサイエンス責任者Eric Kauderer-Abramsは率直に説明している。CNBCの報道によれば:
「正しいモデル、製品、ツールを作るためには、業界の皆さんと一緒に現場を生きる必要がある。タイトなフィードバックループの力を信じているし、実際に薬を開発しようとする現場にいることに代わるものはない」
Claude Scienceは既存ツールと何が違うのか
研究者向けの計算環境としては、Jupyter Notebookをはじめとするインタラクティブな分析ツールがすでに広く普及している。Claude Scienceが掲げる差別化は、こうした汎用環境とは異なり、科学分野ごとの専門的なデータ型・データベースとの統合があらかじめ組み込まれている点にある。ゲノミクスやプロテオミクスのデータを扱う際、従来は研究者自身が各種APIやライブラリを手動でセットアップする必要があったが、Claude ScienceではそれをAnthropicが事前に整備した状態で提供するという設計だ。タンパク質構造や分子のビジュアライゼーションをコードと同一画面で扱えることも、研究フローへの摩擦を下げる狙いと見られる。
Claude ScienceはClaude Codeの科学研究版として位置づけられている。Claudeがプログラマーの作業フローを変えたように、研究者のデータ分析・計算ワークフローを支援するツールだ。
Anthropicのライフサイエンス・パートナーシップ責任者Jonah Coolはその論理をシンプルにまとめた。
「コードを書かなければClaude Codeは作れない。前臨床の現場に関与しなければ、Claude Scienceを本当に前進させることはできない」
つまりAnthropicが自ら創薬プログラムを持つのは、製薬ビジネスへの転換というより、ツールの品質を担保するための内部ベンチマークという側面が強い。
なぜneglected diseasesなのか
製薬会社がこの領域を避ける理由は単純だ。患者数が少なく、回収が見込みにくい。JonahCoolはSTATの取材に次のように語っている。
「通常の創薬ビジネスの経済学が、インセンティブを生まない領域だ」
ただしこの領域には、AIとの相性が良い側面もある。多くのneglected diseasesは単一遺伝子の変異が原因であり、アルツハイマーや糖尿病のように複数の遺伝子・組織・環境要因が絡み合う疾患と比べ、標的が明確になりやすい。
「生物学的な原因は明確なことが多い。ビジネスとして創薬をやろうとすると、経済的に難しくなる」とCoolは続けた。
Anthropicはまだ具体的な疾患名を公表していない。前臨床段階にとどまり、それ以降——ヒト臨床試験への移行、市場化、他社へのライセンス供与——については明言していない。
業界との接点はすでに深い
Anthropicのこの動きは準備なしに起きたわけではない。イベントにはGenentech、Bristol Myers Squibb、Novartisの幹部が参加。Novartisのトップであるヴァス・ナラシムハン(Vas Narasimhan)は今年すでにAnthropicの取締役会に加わっている。さらに元記事によれば、AnthropicはAIバイオテック系スタートアップCoefficient Bioを約4億ドルで買収したとも報じられている(※元記事は確定的に報じているが、Anthropic自身による公式発表の有無は本稿執筆時点で確認できていない)。
AI創薬の文脈では、Google DeepMindのAlphaFoldがタンパク質構造予測で大きな実績を残しており、製薬各社がすでにAIをターゲット探索・分子設計・臨床データ解析に活用している。Anthropicはその流れに乗りつつ、ツールの売り手でなく当事者として加わろうとしている。
薬を1本市場に出すには、前臨床から承認まで10年以上、数十億ドル規模のコストがかかることも珍しくない。Anthropicが最終的に薬を売るかどうかにかかわらず、自社プログラムを通じてClaudeが実際の研究現場でどこで役立ち、どこで失敗するかを把握できれば、ツールとしての完成度は上がる。その意味では、この創薬挑戦はビジネスであると同時に、大規模な実地テストでもある。
詳細はAnthropic Wants to Make Its Own Drugs With Help from Claudeを参照していただきたい。