7月3日、The Next Webが「SAP freezes hiring and travel to fund its AI push」と題した記事を公開した。欧州最大のソフトウェア企業SAPが、AI投資の財源確保を目的に新規採用と社内出張を全面凍結するという経営判断を下した。Fortune 500企業の90%超を顧客に持つ巨人が「人件費をAI予算に変換する」という大胆な構造転換に踏み切った事実は、業界全体のトレンドを象徴している。
社内メモが流出、SAPが採用と出張を凍結
水曜夜、SAPの執行役員会が全社員に宛てたメールが送られた。その内容をBloombergが報じ、SAPもThe Registerに対して事実を認めた。
内容の骨子は明快だ。新規採用は「AIコア職」に限定し、AI開発に関係しない社内出張は停止。サプライヤーへの支出も圧縮する。「AIが業界の未来を再形成する中、我々は重大な投資を行っている。投資先と削減先のバランスを取ることで、SAPは長期的に強く、競争力を維持できる」と執行役員会は記している。
顧客対応業務と重要なAIプロジェクトへの予算は維持されるとのことだが、それ以外はほぼ全域が対象となる。
「人件費をAI予算へ」は業界の共通パターン
この動きはSAP固有のものではない。サブスクリプション型ソフトウェアを手掛ける競合他社も、ここ2年で同様のコスト削減を進めている。
- **Oracle**:AIデータセンター投資のために数万人規模の人員削減を実施
- **Salesforce**:同様の圧力に直面
- **Microsoft**:早期退職を「福利厚生」として提示し、人件費をAI予算へ転換
構造は同じだ。人件費をAI予算に変換する。
CEOがAI体制を再編、株価は年初来33%安
CEO Christian Kleinは今年に入り、SAPをAI中心に組み替える動きを加速させている。今週だけで2026年2回目となるトップレベルの組織再編を実施し、KleinとCOOへのAI統括権限を強化した。
5月には「Autonomous Enterprise(自律型エンタープライズ)」構想とBusiness AI Platformを発表した。Business AI Platformは、SAPの各種業務アプリケーション上でAI機能を横断的に提供するための統合基盤だ。あわせてJoule Studioも公開している。Joule StudioはSAPの生成AIアシスタント「Joule」をベースに、企業がカスタムのAIエージェントを構築・展開するためのノーコード/ローコード開発ツールであり、SAPのAI戦略の中核に位置づけられている。
株式市場の反応は厳しい。SAPの株価は今年約33%下落している。AIが従来型ソフトウェアの需要を侵食するとの懸念が背景にあり、株価下落と今回の採用凍結は同じ圧力——AI転換コストの増大と市場の先行き不透明感——を共有している。今回の凍結ニュースを受け、フランクフルト市場でさらに最大2.2%下げた(その後は回復)。
AI買収戦線での敗北と、昨年の構造改革に続く追い打ち
AI関連の買収も進めているが、成功ばかりではない。今週、産業向けAI・データ企業Cogniteの争奪戦でSchneider Electricに敗れた。CogniteはSchneider Electricと31億ドル(約4,500億円)の買収合意を締結している。
過去を振り返ると、SAPは昨年、3億ユーロ超のコストと1万人の人員削減を伴う構造改革を完了したばかりだ。CFOは今後も毎年1〜2%の人員削減を続ける方針を示しており、今回の凍結措置はその上に重なる形になる。
顧客は「価値に見合うか」に懐疑的
最大の問いは、AI投資が本当に実を結ぶかどうかだ。Fortune 500企業の90%超がSAPを利用しているが、多くはいまだオンプレミスからクラウドへの移行の途中にある。この移行自体が時間もコストもかかる作業であり、SAPがAIに向けてほしい予算と競合する。
一部の顧客やパートナーからは、SAPの初期AIツールのコストパフォーマンスへの疑問も上がっている。欧州ソフトウェア最大手の賭けは明確だが、その結果はまだ出ていない。
詳細はSAP freezes hiring and travel to fund its AI pushを参照していただきたい。