7月2日、The Next Webが「AI's hopes and fears take over the world's big central-bank gathering」と題した記事を公開した。世界の主要中央銀行総裁が一堂に会したECBシントラフォーラムで、議論の核心となったのはAIだった。そこで浮かび上がったのは一つの逆説だ。AIへの投資は年間約3,000億ドル規模に達しながら、肝心の生産性向上はまだ数字に現れていない。金利を決める立場の人々にとって、これは答えのない問いを突きつける。
世界の中央銀行が一堂に会し、議題はAIだった
毎年夏、世界の主要中央銀行総裁たちはリスボン郊外の丘の町シントラに集まり、経済政策を議論する。このフォーラムは通常、インフレや金融安定が中心テーマとなる。しかし今年(2025年6月29日〜7月1日)、「Shaping Europe's future: innovation, growth and stability(欧州の未来を形作る:イノベーション、成長、安定)」をテーマに開催されたECBシントラフォーラムでは、議論の核心にあったのはAIだった。
主要政策パネルには、米連邦準備制度理事会(Fed)のケビン・ウォーシュ氏(当時Fed理事)、ECBのクリスティーヌ・ラガルド総裁、イングランド銀行のアンドリュー・ベイリー総裁、カナダ銀行のティフ・マックレム総裁が並んだ。テーマはAIが成長・物価・金融安定に何をもたらすかという問いだったが、その論調は楽観的というより探索的なものだった。
「生産性向上」と「投資インフレ」の矛盾
議論が繰り返し行き着いたのは、構造的に難しい問題だ。AIは生産性を押し上げ、物価を上げずに経済成長を実現できる可能性がある。だが、その恩恵が現れる前に、莫大な投資支出がインフレ圧力として先に経済に降りかかってくる。
主要AI企業が2025年だけで投じる設備投資は約3,000億ドルにのぼる。半導体、電力インフラ、データセンターへの支出は、生産性の数字に反映されるはるか前から、経済への需要として顕在化する。
実際の生産性向上は今のところ限定的だ。米国の時間当たり産出量は昨年約**2.2%**増加したが、これはAI革命の到来というより、一時的な落ち込みからの回復に近い水準だ。ウォーシュ氏はインフレが依然高止まりしていると指摘しつつも、AIが将来的にデフレ要因になりうるとの見方に対してはFed内で開放的な議論が生まれていると述べた。
まだ到来していない生産性の跳ね上がりを根拠に今すぐ利下げをするのは、需要が既に旺盛な環境下では危険な賭けだ、というのが大方の合意だった。
ラガルドが認めた「欧州の遅れ」と対米依存の深刻さ
ラガルドECB総裁はフォーラムで、欧州がAI投資でも最先端企業の輩出でも遅れを取っていると率直に認めた。その上で、欧州と米国は互いに「ある意味、人質同士だ(sort of hostage to each other)」と表現した。
この言葉が示す含意は重い。欧州は基幹的なAIインフラの多くを米国企業に依存しており、規制や競争政策で米国と対立しながらも、その技術なしには成長戦略が成り立たないという構造的矛盾を抱えている。欧州の戦略的自律性を長年訴えてきた中央銀行トップが公の場で「依存関係」を認めたことは、欧州のAI戦略の現実を象徴する発言だった。
雇用への影響は「大量解雇」ではなく「採用の静かな縮小」
労働市場の議論も底流として流れていた。ニューヨーク連銀の直近の調査によれば、企業は大規模な人員削減よりも採用の抑制という形でAI対応を進めているという。これは米国の雇用創出率が異例に低い水準にとどまっている理由の一端を担っている可能性がある。
ドラスティックな解雇ではなく、静かな採用減という形の変化は、中央銀行がリアルタイムで読み取るのが難しい種類の混乱だ。雇用統計の表面上の数字には現れにくく、政策判断の遅れにつながりうる。
金融安定リスクへの警戒
楽観論ばかりではない。国際決済銀行(BIS)はAI投資のバブル崩壊が信用市場に2008年金融危機に匹敵する打撃を与えうると警告している。ラガルド総裁自身もかねてからAIが金融危機の引き金になりうると主張し、冷戦期の軍備管理を模したガバナンスの必要性を訴えている。BISの懸念は、AIへの循環的な資金調達が信用収縮時に連鎖崩壊するシナリオを想定したものであり、フォーラムの議論とも通底している。
一方、積極活用に舵を切る動きもある。イタリア銀行は大手AI企業との対話を始め、慢性的な低生産性の解決策としてAIを位置づけている。モルガン・スタンレーは2030年までに欧州の銀行が全雇用の5分の1をAIで削減すると予測する。リスクへの警戒と積極活用という二つの潮流は、シントラの議論の中でも共存したままだった。
結論:「問いの大きさ」だけが合意された
シントラが生み出したのは決定ではなく、共有された不安だった。金利を設定する立場の人々は、問題の大きさについては一致したが、答えについてはほとんど一致しないまま会場を後にした。
問いを解くために必要なデータはまだ存在しない。そしてそのデータが揃う頃には、それに依存するはずだった金利はすでに決定されているだろう。
詳細はAI's hopes and fears take over the world's big central-bank gatheringを参照していただきたい。