6月30日、The Decoderが「EU seeks AI independence as Austria proposes luring Anthropic to Europe」と題した記事を公開した。米国が先端AIモデルへの欧州アクセスをブロック・遅延させたことを受け、オーストリアがAnthropicのEU誘致を提案するなど、欧州がAI自立を模索する動きについて詳しく論じている。
「一夜にして4億5000万人が切り離された」
発端は米国政府の判断だ。最近、OpenAIとAnthropicの最先端AIモデルへの外国人向けアクセスが相次いでブロックまたは遅延させられた。
この事態を受け、オーストリアのデジタル化担当国務長官アレクサンダー・プレル(ÖVP)は、EU技術主権担当委員ヘンナ・ヴィルクネン宛ての書簡でこう訴えた。「一夜にして、世界最大の単一市場——4億5000万人を擁するEU単一市場——が最先端イノベーションから切り離された。」これはプレルによる警告の表現であり、完全な遮断が確定したという事実認定ではなく、アクセスのブロックや遅延が生じたことへの強い危機感を示したものだ。
プレルはLinkedInの投稿でもその論拠を展開している。「自分たちで生産せず、許可を得てのみ使える技術はツールではない。依存だ。」
この発言の背景には、欧州のデジタル産業が長年にわたってGAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)などの米国巨大テック企業のプラットフォームに依存し、自前のインフラや競争力ある産業基盤を育てられなかったという構造的問題がある。記事はこれを「20年にわたるデジタル政策の失敗が積み上げた依存」と評している。EU内でもMistral(フランス)やAleph Alpha(ドイツ)といったAIスタートアップが自前モデルの開発を進めてきたが、米国勢の技術力・資本力との格差を埋めるには至っていない。今回の遮断騒動は、その脆弱性を改めて可視化した形だ。
AnthropicをEUへ——なぜAnthropicなのか
プレルが名指しでEU誘致を提案しているのがAnthropicだ。EUが提供すべきものとして、法的確実性、市場へのアクセス、そして資本を挙げる。
Anthropicを選ぶ理由として彼が強調するのは同社の哲学だ。「Anthropicは、AIの倫理的利用をマーケティングの方便としてではなく、核心的な信念として捉えている企業だ。速度より安全を優先する企業だ」とプレルは書簡に記した。「この会社はEUで制約されるのではなく、解放されるだろう。」AI安全性を重視するAnthropicの姿勢が、AI Actを軸に規制整備を進める欧州の価値観と親和性が高いと見ているわけだ。
ただし、この提案が実現する可能性は低い。書簡はあくまで「検討を求める」内容にとどまり、欧州委員会がこれに動く見込みは薄い。記事では「20年にわたるデジタル政策の失敗が積み上げた依存への、一種の焦りの表れ」と率直に評している。
Anthropic自身も欧州移転に乗り気とは考えにくい。同社はトランプ政権との関係において深く米国寄りの立場をとっており、そのモデルは米国の安全保障・軍事用途にも活用されていると報じられている。ペンタゴンとのAI展開をめぐる対立でも、Anthropicの主な懸念は「米国市民の保護」であり、海外での大規模監視は問題視されなかった。
一方で、AnthropicやOpenAIにとって欧州の収益は無視できない。数十億ドル規模のモデル訓練やデータセンター整備を賄うには、米国市場だけでは不十分な可能性がある。そこに欧州の交渉カードが多少なりとも存在する。
「中国モデルに切り替える」という選択肢の落とし穴
AIインベスターのXiaoyin Quは別のシナリオを示している。欧州企業(コスト面では米国企業も)がOpenAIやAnthropicへの依存を深める代わりに、中国製AIモデルを採用するという道だ。自社GPU上でホストし、自社データでファインチューニングすれば制御を維持できると彼女は主張する。Anthropicへの信頼は、Fableモデルをめぐる出来事——AnthropicがトランプAleph Alphaの規制方針に従い、自社モデルの一部を突如非公開化した件——でもすでに傷ついているとも指摘している。
さらにQu氏は最悪のシナリオも提示する。中国のオープンソースモデルがシェアを拡大し、NvidiaではなくHuaweiチップ向けに最適化が進めば、中国がモデルとチップの両レイヤーを支配しうる。そうなれば輸出規制だけでは対処できず、米国も独自のオープンソース戦略が必要になるという。
ただし欧州にとって、中国モデルへの移行は「ワシントンから北京への依存の付け替え」に過ぎない。オープンソースモデルに突然ライセンス条件が追加されたり、最良のモデルが非公開に転じたりすることは十分ありうる。記事は「中国がEUに長期的な恩恵を与えるのは、米国を傷つける間だけだ」と断じている。
欧州の選択肢は「自前」しかない
記事が一貫して示す結論はシンプルだ。本当の主権には、欧州独自のAIと、何よりも独自のインフラが必要だ。 米国依存も中国依存も、どちらも政治情勢ひとつで一夜にして覆る脆弱さを抱えている。MistralやAleph Alphaのような欧州発の取り組みが存在するとはいえ、現時点ではフロンティアモデルの開発競争において米中との差は大きい。オーストリアの提案はその問題意識を可視化したが、解決策としての現実味は乏しく、欧州が真の自立を達成するには長期的かつ大規模な投資と政策の転換が不可欠だ。
詳細はEU seeks AI independence as Austria proposes luring Anthropic to Europeを参照していただきたい。