6月28日、Smarter Articlesが「Surveillance Pricing: Why AI Charges You More Than Your Neighbour」と題した記事を公開した。この記事では、AIが個人の行動データを解析して顧客ごとに異なる価格を提示する「サーベイランスプライシング」の実態と、その構造的な問題について詳しく解説されている。
同じ商品、同じ店、同じ時間帯——なのに価格が違う
2025年12月、Consumer Reports、Groundwork Collaborative、More Perfect Unionによる共同調査が、米最大の食料品デリバリープラットフォームInstacartの価格操作を明らかにした。
調査によれば、チェックされた商品の約4分の3が、同じ店の同じ商品を同じ時間に注文した異なるユーザーに対して異なる価格で提示されていた。差額は数セントから1品あたり2ドル以上に及び、年間の家計支出に換算すると最大1,200ドルの差になりうるという。
この仕組みを動かしていたのは、Instacartが2022年に買収したAI価格最適化プラットフォームEversightだ。Instacartはこれを「売上とマージンの改善ツール」として小売業者に売り込んでいた。調査公開から数日後、Instacartは即座にすべての価格テストを終了すると発表した。
何を見て、誰に何円を請求するか
この問題の核心は、価格が「商品の属性」ではなく「顧客の属性」に基づいて決まる点にある。
2025年1月、米連邦取引委員会(FTC)がSection 6(b)の調査権限を使ってMastercard、Accenture、PROS、Bloomreach、Revionics、McKinseyなどの仲介業者から内部文書を入手した。そこから浮かび上がったのは、個別価格設定のための工業規模のインフラだ。
追跡される行動シグナルの例:
- ウェブページ上のマウスの動き
- カートに入れたまま購入しなかった商品
- ブランドへの新規 vs. リピート利用
- 年齢、性別、世帯規模、推定世帯収入
InstacartとEversightが出願した特許には、これらの属性が価格算定に使われることが明記されていた。さらに調査が暴いた「ファントム割引」も悪質だ。同じ商品に異なる「定価」を顧客ごとに表示し、同一のセール価格(例:3.99ドル)を「お得」に見せかける手法で、割引の演出自体がデータによって個別にカスタマイズされていた。
アルゴリズムが最も搾り取るのは、逃げられない人から
経済学で「第一次価格差別(perfect price discrimination)」と呼ばれるこの概念は、各顧客が支払える上限額(留保価格)をそれぞれに請求するという売り手の理想形を指す。経済学の教科書では「低所得者には低価格、高所得者には高価格を設定できる」という再分配的な側面が論じられることもあるが、現実のアルゴリズム実装ではその逆の動作が観察されている——「支払意欲が高い」と判定されやすい属性が、そのまま「逃げ場のない人」の属性と重なるためだ。
- フードデザート(食料品店へのアクセスが乏しい地域)の住民は代替手段が少なく、価格弾力性が低い
- 紙おむつや処方薬を定期購入する世帯は需要が予測可能で、値上げに抵抗しにくい
- 移動手段が限られる高齢者や障害者は他店に行けない
FTCの調査報告でLina Khan前委員長(調査報告公表時はFTC委員長。現在はコロンビア・ロースクール教授)はこう述べている。「私たちは公開価格による透明な市場から、秘密のアルゴリズムと一対一で向き合う不透明な世界へと移行しつつある」。
ユーザーの72%が「理由を問わず反対」
Consumer Reportsが2025年9月に実施した全米代表サンプル調査(2,240人)では、Instacartを直近1年以内に利用したユーザーのうち72%が「いかなる理由があっても異なるユーザーに異なる価格を設定してほしくない」と回答した。「公正な理由があれば許容」ではなく、理由を問わず反対という数字だ。
価格が「事実」から「判断」に変わる
掲示価格(posted price)が存在する市場では、高い価格は競合他社が下げられる「公開情報」だ。しかしサーベイランスプライシングの世界では、あなたが見ている価格は他の誰も見ていないプライベートな数字であり、競合他社も規制当局も記者も比較できない。
市場の規律が機能するのは、価格が「共有された事実」であることが前提だ。それが個人ごとのメッセージになった瞬間、規律の根拠そのものが消える。
加えて、価格算定に使われる属性——年齢、性別、世帯収入、居住地——は、公正住宅法(Fair Housing Act)や消費者金融保護法など、差別禁止法が長年にわたって「差別的根拠として無効」と定めてきたものと重なる。しかし、その根拠は独自仕様のシステムの中に埋め込まれており、顧客は自分が何を根拠に高い価格を提示されたかを知る術がない。こうした「アルゴリズムによる不透明な差別」は、既存の法的枠組みでは捕捉しにくい構造的な空白を生んでいる。
詳細はSurveillance Pricing: Why AI Charges You More Than Your Neighbourを参照していただきたい。