12月24日、海外のテクノロジーメディアIEEE Spectrumが「In 2026, Quantum Computers Will Reach a New Level」と題した記事を公開した。

この記事では、量子コンピュータが2026年に「誤り訂正」を備えた新たな段階へ到達すると見込まれている背景と、その技術的意義、さらに中性原子方式を巡る業界内の評価の違いについて詳しく紹介されている。以下に、その内容を紹介する。
量子コンピューティング業界の最終目標は、古典計算機では解決できない大規模問題を扱える、強力かつ実用的な計算機を構築することにある。ただし、その到達点が2026年に実現するわけではない。1980年代から研究が続けられてきたものの、進展は容易ではなかったというのが業界の共通認識である。
こうした長期的な挑戦を整理するため、Microsoft Quantumのチームは、量子コンピュータの進展を三段階で捉える新たなフレームワークを提示した。第1段階は現在主流のNISQ(ノイジー中規模量子)マシンであり、約1,000量子ビット(qubit)を備えるものの、ノイズが多く誤りに弱い。第2段階は、誤り検出・訂正プロトコルを実装した小規模な誤り訂正量子コンピュータである。そして第3段階は、数十万から数百万qubit規模に拡張された完全な誤り訂正マシンであり、高忠実度で膨大な量子演算を実行できる段階を指す。
この枠組みに従えば、2026年は第2段階の量子コンピュータが実際にユーザーへ提供される年と位置づけられている。Microsoftの量子部門責任者であるSrinivas Prasad Sugasani氏は、これまで積み重ねられてきた研究成果が結実する時期だと述べている。MicrosoftはAtom Computingと協力し、誤り訂正機能を備えた量子コンピュータをデンマークの政府系機関やノボ ノルディスク財団に納入する計画である。この段階では商業的優位性よりも、科学的優位性の確立が重視されている。
同様に、QuEraも日本の産業技術総合研究所(AIST)に誤り訂正対応の量子マシンを提供しており、2026年には世界中の顧客が利用できる形での展開を予定している。
誤り訂正の意義
量子コンピュータの最大の課題はノイズである。量子ビットは非常に脆弱で、電磁場や振動、さらには宇宙線といった環境要因の影響を受けやすい。真に変革的な応用を実現するためには、量子計算が誤りに対して耐性を持つ必要がある点について、業界内で大きな異論はない。
古典計算では情報を単純に繰り返すことで誤り耐性を高められるが、量子ビットは複製できない。その代替として、複数の物理qubitに情報を分散させて符号化する「論理qubit」という概念が用いられる。論理qubitを用いれば、計算中に発生した誤りをアルゴリズムによって推定し、元の情報を復元できる。
重要なのは、この手法が理論上だけでなく、実験的にも有効であることを示す点である。2023年にはQuEraとハーバード大学、MIT、メリーランド大学の共同研究により、論理qubitを用いた演算が物理qubit単体よりも高い性能を示すことが確認された。MicrosoftとAtom Computingのチームも2024年に同様の成果を報告している。
これらの成果は、いよいよ顧客向けシステムとして提供される段階に入る。MicrosoftとAtom Computingが提供予定の「Magne」は、約1,200の物理qubitから構成される50の論理qubitを備え、2027年初頭の稼働が見込まれている。QuEraのAIST向けシステムも、数十の論理qubitを実装している。
中性原子による量子コンピュータ
注目すべき点として、これら第2段階の量子コンピュータはいずれも「中性原子」をqubitとして採用している。量子コンピューティングの世界では、超伝導、光子、イオンなど多様な方式が検討されてきたが、誤り訂正初期段階においては中性原子が有利とされる理由がある。
論理qubitを構成する物理qubit同士は、情報をやり取りできるよう近接、あるいは結合している必要がある。中性原子方式では、レーザーによる「光学トラップ(optical tweezing)」を用いて原子を自由に移動させ、2次元や3次元の配列を柔軟に構成できる。この可動性が、静的な超伝導qubitにはない誤り訂正手法を可能にする。
また、中性原子方式は高い並列性を持つ。単一のレーザーパルスで多数の原子対に同時に操作を加えられるため、演算を並行して実行できる。一方で、個々の演算速度は超伝導方式より遅いという欠点もある。これに対しQuEraは、並列性と誤り訂正効率の向上により、実用上の「解までの時間」では競争力を持つと主張している。
業界内で分かれる見方
Microsoftの三段階フレームワークは、業界全体で一様に受け入れられているわけではない。IBM QuantumのJerry Chow氏は、この整理が物理デバイス中心の見方に偏っており、実際にどのような計算が可能かという計算的観点が重要だと指摘する。IBMは、誤り訂正を急ぐよりも、現行マシンの活用事例を探りつつ、段階的に完全な誤り訂正機へ進む戦略を取っている。
それでも、中性原子方式のスケーラビリティに対する期待は高い。Atom Computingの幹部は、数年以内に単一チャンバー内で10万原子を扱えるようになるとの見通しを示しており、第3段階への道筋は現実的だとされている。
詳細はIn 2026, Quantum Computers Will Reach a New Levelを参照していただきたい。