10月12日から14日にかけてオンラインで開催されたGoogle Cloudの年次カンファレンス「Google Cloud Next ’22」では、BigQueryによる非構造化データのサポート、LookerとGoogle Data Studioの統合、Intel Saphire Rapidsを搭載したハイパフォーマンスなC3インスタンス、最新セキュリティソリューションのChronicle Security Operationsなど、エンジニアにとっても非常にインパクトの大きいアップデートがいくつも発表されました。これらのプロダクトやサービスはユーザの現在のニーズを反映しているのはもちろんのこと、近い将来の技術トレンドを強く意識した機能が実装されているのも特徴です。
ではGoogleのエンジニアたちは具体的にどんなテクノロジがまもなく実現すると考えているのでしょうか。10月12日に行われたデベロッパ向けのキーノートでは、Googleのトップエンジニア10名が2025年までに実現すると予測する「Top 10 Cloud Technology Predictions」を発表しました。以下の10の技術トレンドについてそれぞれのエンジニアが予測を披露しています。
- アクセシビリティ
- オープンソース
- セキュリティ
- 人工知能(AI)
- データと分析
- データベース
- クラウドインフラストラクチャ
- サステナビリティ
- マルチクラウド
- ビジネスアプリケーション
本稿ではこの中から、東京の基調講演会場においてGoogle Cloud デベロッパー アドボケイト 岩尾エマはるかさんが解説してくれた4つの技術 - アクセシビリティ、データベース、サステナビリティ、ビジネスアプリケーションについてGoogleが予測する少し先の未来のトレンドを紹介します。
アクセシビリティ - ニューロインクルーシブなデザインを取り入れた開発者は、最初の2年で5倍のユーザー成長を実現する
「ニューロインクルーシブ(neuroinclusive)」というあまり耳慣れないキーワードが最初のトピックとして出てきましたが、これは最近注目され始めた概念「ニューロダイバーシティ(neurodiversity、神経多様性)」に紐づく用語です。ニューロダイバーシティでは、典型的な認知能力をもつ人々「ニューロティピカル(neurotypical)」に対し、典型的ではない、特徴的な認知スキルや才能をもつ人々を「ニューロディスティンクト(neurodistinct)」と呼んでいます。米国のある調査ではニューロディスティンクトは全人口の約20%を占めるという結果も出ており、我々の世界はさまざまな認知の過程をもつ人々で構成されている、解釈や体験が多様な社会ということができます。そしてその多様な認知に対するアクセシビリティを向上させていこうとする動きがニューロインクルーシブであり、Googleはすでにニューロインクルーシブな機能を数多く製品やサービスに取り入れてきました。会議サービスの「Google Meet」に実装された字幕機能などはその代表的な例で、ニューロディスティンクトな人々だけでなく、英語の会議に出席する非英語話者のニューロティピカルにとっても非常に便利な機能となっています。
岩尾さんによれば、Googleではニューロインクルーシブなデザイン/開発にあたり、以下の6原則を徹底しているそうです。
- シンプルでわかりやすく
- 目移りする要素は取り除く
- 過度に明るい色は避ける
- 直感的なフローを採用する
- 余計な音楽や効果音を鳴らさない
- (時間制限のある)選択を強要しない
また、製品を一般にリリースするまでの「企画」「ユーザリサーチ」「テスト」「マーケティング」というフローにおいても、それぞれのプロセスでさまざまな思考や認知をもつ人々を意図的に含めて評価を行っており、新しい視点を獲得しているとのこと。世界中の人々が便利に使っているGoogle Meetの字幕機能もまた、多様な認知をもつ人々のチェックを幾重にも乗り越えて生まれた結晶だといえそうです。
岩尾さんは「これからの開発者は、よりシンプルで気が散りにくいユーザ体験を提供することを心がけてほしい。ニューロインクルーシブなデザインを取り入れるということは、製品が居心地の良い場所になるということでもある。より多くのユーザを引きつけ、定着させることができるはず」と語っています。ニューロインクルーシブな製品は、ニューロディスティンクトだけではなく、すべての人々にとって居心地の良い場所になる - アクセシビリティの原点をあらためて教えてくれる言葉のように思えます。
データベース - 分析系とトランザクション系のクエリの壁はほぼ消失する
岩尾さんが紹介した2つ目の予測は分析とトランザクションという、長年に渡って分離して設計されてきたアーキテクチャが統合されていくというものです。この10年ほど、ビジネス現場での意思決定をより迅速に行いたいという強いニーズから、さまざまなベンダが分析とトランザクションを一緒に扱う取り組みを加速させてきました。BigQuery(データウェアハウス)やCloud SQL(リレーショナルデータベース)など数多くのクラウドネイティブなデータベースサービスを提供するGoogle Cloudも「どんなワークロードであっても(分析かトランザクションか)クエリの違いをユーザが意識することなく単一のシステムで利用できるようにするのが我々の目標」(岩尾さん)として、今回のNext 22でもこれに関連した新たなサービスをいくつか発表しています。
この予測に関連して岩尾さんはGoogle Cloudが展開する2つのケースを紹介しています。
ひとつは分析系DBであるBigQueryのコンソールから、Spanner、Cloud SQL、Bigtableといったトランザクション系DBのテーブル上で直接分析クエリを実行できる連携クエリです。これは今回のNext 22のタイミングで一般提供(GA)となりました。この連携クエリにより、たとえばCloud SQLに保存したテーブルとBigQueryのデータを単一のデータとして扱うシステム上で2.68TBのデータを55秒で処理できたとのこと。複数のシステムにまたがっていても、統合して必要なデータだけを取り出せるため、大量のデータに対しても高速な連携クエリが可能となります。
もうひとつのケースは2022年5月に発表されたPostgreSQLと100%互換のフルマネージドデータベース「AlloyDB for PostgreSQL」です。AlloyDBはPostgreSQLのクエリや機能をそのまま利用できることに加え、PostgreSQLと比較してトランザクション処理で4倍以上、分析クエリでは最大100倍という高いパフォーマンスを実現できることから、アプリケーションに変更を加えることなく移行できるデータベースサービスとして採用事例が増えています。国内でもプレイドのカスタマーエクスペリエンスプラットフォーム「KARTE」などAlloyDBを採用したユースケースが登場してきており、分析とトランザクションを単一のシステムで高速に扱えるデータベースとしてこれからも注目を集めそうです。
サステナビリティ - 4人に3人の開発者がサステナビリティを第一の開発原則として取り入れる
気候変動問題が世界のあらゆる国や企業で重要なトピックとなっている現在、当然ながらITの世界においてもサステナビリティを強く意識した製品/サービス設計が求められるようになっており、これからはエンジニアもサステナビリティを開発原則のトッププライオリティとして対応する必要があるというのがGoogleの予測です。この予測をみずから立証するかのように、Googleはすでに事業運営のカーボンフリーを達成していますが、さらに大きな目標として2030年までに世界中のすべてのデータセンターを24時間365日カーボンフリーで運用することを目指しています。
自社の取り組みだけではなく、Google Cloudはユーザ企業のサステナビリティ向上をさまざまなかたちで支援しています。その一環として今回のNext 22では、5月にアナウンスされた「Google Cloud Carbon Footprint」がGAとなりました。このツールを使うことで、企業は自社の温室効果ガスの排出量を容易に測定/可視化することができ、さらに排出量データをBigQueryにエクスポートすることも可能です。また、Google CloudコンソールではCO2排出量の低いリージョンには葉っぱのマークが表示されているので、たとえばバッチ処理などリアルタイム性を問わない処理は低CO2リージョンを選ぶといった使い分けもしやすくなっています。コンソールからはリソースの使用率を最適化したり、長く使われていないリソースを削除できる無料ツール「Active Assist」を使ってワークロードの温室効果ガス排出量も管理もできるようになっており、Google Cloudを使うことでユーザ/開発者自身がサステナブルな選択をしている自覚を強くもつことができそうです。サステナブルなプラットフォームや製品/サービスでなければ顧客から選ばれないという新たなコンセンサスが形成されつつある現在、Googleのこの予測が実現する可能性は十分に高いのではないでしょうか。
ビジネスアプリケーション - 過半数のビジネスアプリケーションが開発の専門家ではないユーザによって構築される
この予測は現在のIT開発でトレンドとなっているローコード/ノーコード開発に沿ったもので、業務部門のユーザがIT部門に頼らず自分たちでアプリケーションを開発する動きがより活発化するとしています。調査会社のGartnerも「2025年までには新しいアプリケーションのうち、70%はローコード/ノーコードによって開発される」と予測しており、こちらも実現性が非常に高い予測として注目されます。
Google Cloudはローコード/ノーコードを支援するツールとしてコードを1行も書かずにアプリを作成できる「AppSheet」を提供しており、Google Cloudのほかのサービスとの連携も容易なことから、すでに多くの企業がこれを導入しています。最近の国内事例としては、LIXILがAppSheetを導入して業務部門ユーザによるローコード/ノーコード開発を促進、1年間で2万個以上のアプリが作成され、そのうち約1000個が実運用されているという先進的なユースケースが発表されました。この事例では、業務部門が作成したアプリの数もさることながら、ローコード/ノーコード開発を進めたことで、会社全体が限られたリソースを効率的に使うという考え方をするようになり、アジャイルな組織へと変わっていっているという点です。良いツールを使えば組織全体のマインドシフトが実現しやすくなる好例だといえるでしょう。
岩尾さんが紹介した4つを含め、Googleによる10の技術トレンドの予測は、テクノロジカンパニーとして世界の最先端を行くGoogle/Google Cloudが予測するだけあって、現時点でのそれぞれの技術の成熟度や普及率をベースに、テクノロジ以外の世界のトレンドともマッチさせながら、2025年という近い未来のあるべきITの姿を的確に表現したもののように思えました。数年後、それぞれのテクノロジがこれらの予測を実現できているのか、それともはるかに上回った実績を挙げているのか、あるいはまったく予想だにしないトレンドが出現しているのか - いずれにせよ、テクノロジの進化が世界をより”居心地の良い場所”へと変えていることを期待しています。