インターネットガバナンスフォーラム参加記

こんにちは。国際部の小宮山です。11月25日から28日まで、ドイツの首都ベルリンで開催されたインターネットガバナンスフォーラム(以下、IGF)に参加してきました。インターネットに携わる者の1人として考えさせられることが多くありましたので、ここに紹介したいと思います。

IGFとは

IGFとは、その名の通り、インターネットガバナンスについて議論するための、国際的なフォーラムです(参考)。国連が主催しますが、参加者は政府に限定されず、産業界、市民社会、学術研究界などあらゆる関係者の参加を歓迎しています。2006年に初回の会合がギリシャのアテネで開催され、その後毎年、世界各地で開催されています。JPCERT/CCとしては2006年に参加して以来、久しぶりのIGF参加となりました。

今回のローカルホスト国はドイツであり、161カ国から3679人が参加したそうです。会議プログラムの多くは総勢52人の市民社会の代表者グループのボランティアによって決められます。2019年の会議プログラム作りに、日本からは、株式会社メルカリの望月健太さんが参加されました

今回のテーマは「One World. One Net. One Vision. (世界は1つ、ネットは1つ、ビジョンも1つ)」でした。オープニングセレモニーでは、国連のグテーレス事務総長とドイツのメルケル首相が揃って演壇に立ちました。2人共に、30年前までベルリンの街が壁によって東西に分断されていたことに触れ、ネットに壁を設けようとする動きを控えるべきだという発言をしました。

メルケル首相のスピーチ

普段、私が参加するサイバーセキュリティに関連する会議との比較ですが、IGFは女性の参加者の割合が42%と高く、様々なセッションでも女性の登壇者が多いです。フォーラム全体として登壇者の性別、出身地域などのバランスをとるように配慮がされていました。また、IGFは大きなフォーラムですが、営利企業の宣伝は許されていないようで(寄付は可能)、会場内に企業の広告がありません。ロゴ入りグッズのお土産などもなく少しさみしい気もします。

IGFにおけるサイバーセキュリティの重要性

インターネットガバナンスという言葉について、専門の研究者の間でも合意された定義はないようです。私は「インターネットを誰がどのように管理するかについて非技術的な方策を議論するもの」と大雑把に捉えています。(しっかりした説明はJPNICによる解説などを参照ください。)インターネットガバナンス研究の泰斗であるローラ・デナーディス(Laura DeNardis)によれば、インターネットガバナンスとはIPアドレスやドメイン名などの資源管理、標準の策定、知財保護、サイバーセキュリティ確保など合計6つの異なるプロセスの集合だそうです。ここで重要なのは、サイバーセキュリティというのはインターネットガバナンスの分野においては、多くの課題のうちの1つとみなされているという事実です。

IGFにおいて、サイバーセキュリティは数ある課題の1つとして、議論されます。しかし主催者発表でも全体の21%、つまり5分の1以上のセッションがセキュリティに関連するものです。一口にセキュリティに関連するセッションといっても、その幅は広く①オンライン上での、児童・未成年の保護、情報操作、プライバシー、ヘイトスピーチといった利用者のセキュリティに焦点をあてたもの、②DNS、5G、サプライチェーン、IoTなどの特定技術にフォーカスするもの、そして③信頼醸成、規範、インターネットの分断と国家主権、人間の安全保障などの安全保障に近いものの3つに大別できます。

私はこの中で、地域におけるサイバーセキュリティ対策の取り組みを紹介するセッション、そしてサイバー空間の規範作りの現状を紹介するセッションに登壇しました。IGF全体に言えることですが、原稿を読むような時間を与えられることは少なく、司会者からの問いに、自分が言いたいことを半ばこじつけて短く簡潔に発言することが求められます。サイバー空間の規範づくりは、そのプロセスから軍隊やインテリジェンス機関を巻き込むべきであるという主張をしました。短いとはいえ、このような場で話す時間を頂けたということ自体、IGFにおけるサイバーセキュリティへの関心の高まりの証左かもしれません。

パネルディスカッションの様子

世界は1つ、ネットは1つ、ビジョンも1つ

上で述べたとおり、今回のIGFのテーマは「One World. One Net. One Vision. (世界は1つ、ネットは1つ、ビジョンも1つ)」でした。インターネットやサイバー空間を単一のグローバルな仮想空間と捉える考え方は、ジョン・ペリー・バーロウ(John Perry Barlow)のサイバー空間独立宣言や、ICANNが長く掲げてきたスローガン「One World. One Internet.」にも通底する、現在のインターネットの発展の基礎となった大事な考え方です。

IGFの初日に、会場で配られたネックストラップに初めてこのテーマを見つけ、世界は、そしてネットは1つといえるのかと自問しました。また、IGFの会期を通じて、世界から集う専門家たちにその疑問をぶつけました。現時点での私なりの結論は次の通りです。

2019年現在、ネットは1つとは言えません。国の単位でのインターネットの規制は強化され、多くの国が軍隊にサイバー攻撃の能力を蓄えています。このテーマを掲げた、IGFの主催者ですら、IGFに合わせて、わざわざ"Many Worlds. Many Nets. Many Visions. (多くの世界、多くのネット、多くのビジョン)"という題名のレポートを出し、インターネットの多面性を強調しています。また、すべての参加者に"BUSTED ! The Truth About The 50 Most Common Internet Myths (インターネットにまつわる50の神話の崩壊)"という冊子が配られました。この中では「サイバー空間は現実空間から独立している」「全てのユーザが同じインターネット経験をする」「インターネットは常にマルチステークホルダーによって管理される」など多くの常識は、既に崩壊していると断言しています。

むしろインターネットは分断されていっています。自問すべきは、ネットは1つか否かという問いではなく、我々が標榜する「One World. One Net. One Vision」という考え方が、本当に維持する努力に値するものなのかという点です。IGFの主催者、あるいはこのテーマを選んだ方は、この点について国際的な議論を喚起したかったのではないでしょうか。

One World One Net One Visionのテーマ

大きな問題は小さく分けて、出来ることからひとつずつ

現在、インターネットガバナンスへの関心は薄れつつあります。インターネットが「あって当たり前」の時代における自然な流れとも感じます。さらにIGFに対しては「成果物の少なさ、参加者の所属するグループの偏り、資金不足、参加者の関心やホスト国の貢献の低下」などの問題点が指摘されているようです。初めて、IGFに参加させていただき、そのような指摘に頷かざるを得ないところもありました。

しかし、それでもIGF参加には価値があると感じました。女性参加者の多さ、アフリカ始めとする途上国からの参加者の多さは顕著で、このフォーラムが世界の多くの国と地域の声を聞く場として役に立っていると感じました。また、その広範な参加者層ゆえに、IGFにおいては様々なインターネットとサイバー空間をめぐる問題点が議論されます。ジェンダー、言論の自由、トップレベルドメイン名「.org」の管理組織の売却、インターネットの分断、5Gのセキュリティ、若者世代とインターネット、電子選挙の信頼性、まだまだあります。

言うなれば、IGFは「課題の博覧会」です。そこでは現在のインターネットとサイバー空間にまつわる問題点、論点がひしめき合っています。広く浅く多くの問題を俯瞰できる機会というのは、他にあまり存在しません。私はサイバーセキュリティの専門家ですが、プライバシーや言論の自由のための活動をする専門家の活動から様々なヒントを得ることができました。

IGFの真価というのは、参加者1人1人がなにを感じ、なにを持ち帰り、それをどのように個人の生活や、組織の行動に反映するかという点にかかっているのだと、私は理解しました。JPCERT/CCとして、IGFで得られた知見やネットワークを、より効率的なインシデント対応に繋げていきたいと思います。

- 国際部 小宮山 功一朗

ダクトテープで描かれた壁画

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