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日本の美術館サイトはどうすればもっと良くなるか

美術手帖の橋爪さん(直接の面識はないと思う)が、こんな投稿をされていたので、少し筆を取ってみることにした。

今の美術館を取り巻く状況と、ウェブ業界を取り巻く状況を重ね合わせて考えるとスマートな解決策がすぐには見いだせないのだが、ウェブ制作者サイドの人間として簡単に思うことを取りまとめてみたい。

もはや、何ができていないかよりも、なぜできないのかを論じるべき時期にきている

インターネットが一般化して20年以上が経ち、2000年代初頭のように、インターネットってなに?という人はもはや駆逐されつつある。学芸員も司書も手許にはiPhoneがある。美術館界は何もしていないどころか、様々な試みを目撃し、ときには試してきたはずだ。ブログをやり、SNSで発信してきた。しかし上記の橋爪さんの投稿を読む限り、多くは失敗してきたことになる。あるいは、試すことすら許されない状況にあった。そう理解すべきだ。

そして、これは他人事ではない。その失敗の先には必ずウェブサイト制作を受注してきた私たちがいる。少しきつい言い方をすると私たちは、美術館界のデザイン投資を活かすことができなかった。

これはなぜか。端的にいえば、ウェブサイトを美術館の広報機能の一端として捉えてきたからだ。まずは、日本の美術館が本気になるとどこまでできるのか、見ていただくと何を言いたいのか理解しやすい。

東京富士美術館のウェブサイトでは、豊富な収蔵品検索機能を提供しており、オンライン上で簡単に収蔵品を検索することができる。

それだけではない。音声ガイドがある作品は、ウェブ上で音声ガイドの解説を楽しむこともできてしまう。もちろんスマホにも対応している。

美術館に行ったときに、楽しみにしていた作品が貸出中になっていて、がっかりした経験をお持ちの美術ファンの方は多いだろう。東京富士美術館のサイトでは、どの作品が今展示されていて、何がどこに貸し出されているのか。今後いつ展示予定なのか。どんな文献があるのか。およそ素人が思いつく情報は、すべて確認することができる。

実際に美術館に足を運ぶと、もっと驚かされる。すべての展示作品にQRコードが付与されているからだ。こんなふうに。

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(冒頭にも掲載したが再掲。お断りしておくとこれは実際には東京富士美術館ではなく、ICOM京都大会開催を記念して、京都文化博物館で同館所蔵作品を展示した展覧会「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」のもの)

来館者は好きにカメラを向け、QRコードを読み取って音声ガイドを聴きながら作品を楽しむことができる。ここまで既にできるようになっている。そんな美術館があるのかと驚かれた方も多いのではないだろうか。

でももはや、これは美術館の広報部門で扱える範囲を超えている。ここで実現されているのは、美術館界なら誰もが驚くような偉業なのだけれど、ウェブ業界の私たちには、その理由がピンとこない。下手をすると「当たり前でしょ」という顔をしかねないだろうと思う。

なぜこれが凄いのかを説明できるウェブデザイナーやディレクターが何人いるだろう。今できていない現状を乗り越えるには、現状を説明できなければならないのだけれど。このサイトを実現するのに起きうるであろう議論を試しに並べてみると、少し状況が分かってくるかもしれない。

著作権法上、当館のコレクションは大きなサイズでは公開できない。
大きな画像をPDMで公開するのか、それともCC0で公開するのか。
収蔵品情報をリアルタイムに管理するには、そのための収蔵品管理システムを更新する必要があるが予算をどのようにつけるのか。また、日常業務で忙殺しており、さらに煩雑な入力業務ができる状況にない。
当館のコレクションは法的にはPDMでも、契約上オンラインで公開できないのではないか。寄託者との信頼関係を毀損しないか。
恒常的にアーカイブを構築するとして、その原資はどこから確保するのか・・・。オンラインで大解像度の作品を無料で公開すると、本来得られるはずの画像使用料が得られなくならないか。
これまでのウェブ関連施策が来館者数の増加につながったという明確な実績がない。今回の施策がどのように貢献するのかどう説明すればいいか。
老朽化する収蔵スペースの改修のほうが優先であり、そもそも小さい館なので広報機能といってもたかが知れているのではないか。
指定管理者制度で運用されており、長期的に安定した運用が望めない。また、専任の学芸員がいない。

もう、お分かりだろう。制度や法律の壁があり、旧来の構造があり、ステークホルダーが存在する。これはウェブサイトの構築案件かといえば、もはや違う。業務改善事案に区分されるような領域を多分に含んでいる。

日本全国の美術館で、東京富士美術館のようなサイトを実現し、あるいはその先に行くためには、広報機能を論じるだけでは無理がある。その先のウェブサイトを作ることは、美術館というサービスを、デジタル技術を使って定義し直すことに他ならない美術館に必要なのは、ミュージアムのDX戦略を実行できる業務知識を持ったウェブ人材である。でも、そんな人材が一体どこにいるのだろう。お金もない、人もいないのに(地方の公共の美術館では、より状況は悪い)。

奇遇にも近年、GLAM(注1)におけるデジタルアーカイブの利活用の推進に携わる機会が多く、比較的に美術館の動向を見聞きするポジションにいる。デジタルアーカイブ学会やアートドキュメンテーション学会(JADS)などに顔を出しているといえば、美術館界の方にはどんな立ち位置か、薄々お分かりになることと思う(そこは現状、周縁部であって中心部ではないことも同時にご理解いただけるだろうけれど)。

バックヤード、たとえばProvenance(注2)と言われてピンとくる程度に美術館界のデジタル事情をウォッチしているウェブ界隈の人間は、どれだけいるだろう。極端に少ないのか、あるいは僕がいる場所にはたまたまいないのかは判然としないのだが、前述のような学会で出会うのは、どちらかといえばインフラ畑の人たちが多い(美術館向けに、所蔵品管理システムを提供している会社や、展示の造作を手掛ける会社、デジタル化支援をする会社さん、倉庫会社さん、印刷会社さんなど)。

仕事は「(ウェブの)デザイン」という同業者には出会ったことがない。世界規模ならばと期待してICOM(注3)にも参加したのだけれど、残念ながら同業者に出会うことはできなかった。

注1:Gallery, Library, Archives, Museum、つまり文化資源に関わる組織を総称してGLAMと呼ぶ。他にGalleryを外したMLA(Museum, Library, Archives)という用語が用いられることもある。
注2:Provenance:ミュージアムの保有する作品の来歴情報のこと。画商からの取引記録や出展歴、修復歴などを追跡管理し、不正に取得された作品(たとえばナチス体制下の押収財産)かどうかを明確にする文脈で議論されることが多いようである。
注3:ICOM:国際博物館会議。ミュージアムの関係者が加入する、世界最大の国際的な非政府組織。文化遺産の保護や、博物館の規範の確立などに取り組んでいる。

今ここまで3つの注釈を主にウェブ関係者向けにつけてきたのだけれど、実際、美術館のウェブサイトや広報を手掛ける会社の方であっても、これらの用語についていける人は多くはないだろうと想像する。広報で登場する言葉ではないからだ。

美術館の社会的な役割を拡大させるにせよ、UX(体験設計)の文脈でウェブサイトの機能を定義し直すにせよ、作品の画像をサイト上で提供するにせよ、過去の展覧会のアーカイブを恒常的に公開するにせよ、上記の橋爪さんの投稿に対する提案を実現し、東京富士美術館と同等以上のアクセシビリティとアーカイブ機能を保障するには、美術館が抱える構造的な事情や動向を理解し、美術館に対する提案やロビー活動の支援につなげる必要があるが、そのための前提知識を私たち(ウェブ業界)は有していない。GAFAを筆頭にして、下手をすると彼らのリソースを無料で収奪する者たちにみえている現実がある。

そしてもちろん、美術館側にも、広報ではなくDX戦略の立案パートナーとしてのウェブ業界と手を取り合う知見はない。契約方法も整備されていない。端的にいうと、入札公告をどう書いたらいいか分からない。公共美術館の上にいるのは、頑として前例主義に依って立つ地方公共団体である。

ウェブ業界は現在、従来のオンライン広報を得意とする会社、サービスの改善を専門とした会社、EC専門といったように、一枚岩であるかのようにみえて専門分化されている。美術館にとって今必要なのはサービスの改善を専門とした会社だけれど、前述のように美術館の人たちは前者の人たちにしかアクセスしたことがないのだろうと思う(どの会社が何に強いかなんて、判別も困難だろう。そもそも、猫も杓子もUXデザイナーの顔をしている時代である。我々にだって本当のところは噂でしか分からない)。

あるいはサービスの改善を専門とした会社にお願いしようにも、単価が高すぎて手が出せない。人間中心設計やUXデザインができる人材は、通常の企業でも引く手数多だ。

もし今後、美術館のウェブ機能を強化しようと本当に思うのであれば、サービスデザインができる人材が普段から歩み寄る他はない。タダ働きをしろという話ではなくて、状況を把握している人材が増えれば増えるほど、改善のチャンスがきたときに掴める。あなたがそこに居続ける理由こそ、美術館を存続させるべき理由でもある。未来の勝利のために、近くに居続けることを大事にしよう。

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