レビュー

話題のディスクリートDACとは何か? 30万円の「SA-12」から体感できるマランツ「MMM」の凄さ

最近オーディオで耳にするディスクリートDACとは何か

オーディオに興味のある方なら「ディスクリートDAC」という言葉を聞いたことがあるだろう。ディスクリートとは一般的には“単機能素子”を指す言葉で、オーディオでは半導体のトランジスターや抵抗器、コンデンサー(キャパシター)のような単機能の電子素子を意味する。DACはデジタル信号をアナログ信号に変換する、D/Aコンバーター回路のこと。ディスクリートはオペアンプに代表される集積回路(IC=インテグレーテッド・サーキット)やLSI=大規模集積回路(ラージ・スケール・インテグレーション)の対義語として使われる場合がほとんどだ。つまり、集積回路であるDAC素子とは異なる、単機能素子で構成されているDAC回路が、ディスクリートDACなのである。

マランツのディスクリートDAC「MMM」(マランツ・ミュージカル・マスタリング)

といっても、単機能の電子素子だけを使ってディスクリートDACを設計するのは難しい。というわけで、実際のディスクリートDACはDSPやFPGA(フィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ)といった独自プログラム(アルゴリズム)で高速動作するデジタル信号処理用プロセッサーとディスクリートな固定抵抗器などを組み合わせることで、高性能なディスクリートDACを構築している。固定抵抗器は電流信号(電荷)を電圧信号に変換する重要な役割があり、独自にディスクリートDACをデザインしているオーディオメーカー各社は、固定抵抗器の音質と精度にかなりこだわっているようだ。

ディスクリートDACのサウンドを体験しやすいマランツの「MMM」

DAC素子は数ミリ角という極小サイズからあるが、それに対してディスクリートDACは大きな回路構成になってしまう。DSPやFPGAなどがあるし、大きめの固定抵抗器を使うケースが多いため、どうしてもそうなってしまうのだ。

一般的なDAC素子のイメージ

現代のDAC素子は前段というべきデジタルフィルター回路を内蔵している。一方、ディスクリートDACではDSPやFPGAに代表されるデジタル信号処理用のプロセッサーでデジタルフィルター回路も組んでいく必要がある。回路設計の高度なスキルに加えて素子類のコストが増大していくのがディスクリートDACの避けられない宿命なので、潤沢にコストを投入できる高級機でなければディスクリートDAC回路を搭載できないというのが実情といえよう。

それでもディスクリートDACの構築にこだわるのは、オリジナリティを誇れる魅力的な音を獲得できるから。諸特性に関していえばハイエンドクラスのDAC素子のほうが上回っているだろうと私は思っているのだが、ディスクリートDAC回路はオーディオメーカーやその設計者が意図した音質を実現できるという大きなメリット=存在意義がある。もちろんDAC素子を採用してもアナログ出力回路の設計で独自の音を構築できるわけだが、使われているDAC素子が支配している音質領域が存在することは否定できない。

以下は独自のディスクリートDACを搭載しているオーディオブランドの一例である。

  • dCS 英国
  • Chord Electronics 英国
  • Maratnz 日本
  • EMM Labs / Meitner Audio カナダ
  • Playback Designs 米国
  • Grandioso / Esoteric (エソテリック) 日本
  • MSB Technology 米国
  • MOLA MOLA(モラモラ) オランダ

さて、ここではマランツ独自のディスクリートDACである、MMM=マランツ・ミュージカル・マスタリングについて深掘りしていきたい。というのも、前述の通りディスクリートDAC搭載機は、潤沢にコストを投入できる高級機が大半で、製品購入のハードルが高いモデルが多い。しかし、マランツは30万円のSACD/CDプレーヤー「SA-12」からディスクリートDACを搭載しているのだ。

マランツ、30万円のSACD/CDプレーヤー「SA-12」

また、日本のオーディオメーカーで現代的なディスクリートDACを最初に構築したのは、実はマランツなのである。

ディスクリートDACの正式名称がMMM=マランツ・ミュージカル・マスタリングというスタジオ・テクノロジー的なネーミングなので、発表当初に私はちょっと戸惑ってしまったが、その内容はオリジナリティに溢れた高性能なもの。さらに、取材でデジタル処理技術について詳しく聞くことができた私は大いに驚いてしまった。

30万円の「SA-12」から楽しめるMMMのサウンド

MMMを搭載している製品は、現在のところ2機種である。

  • SA-10 リファレンス SACD/CDプレーヤー (USB A & USB B端子装備) 60万円
  • SA-12 SACD/CDプレーヤー (USB A & USB B端子装備) 30万円
リファレンス SACD/CDプレーヤーの「SA-10」

2機種の価格は倍も違ってしまうわけだが、実はディスクリートDACは内容的に同等。ちなみに、SACD/CD再生のD&Mオリジナル・ドライブメカニズムもそうである。USBのB端子によるUSB DACとしては、DSDが最大11.2MHzのDSD256まで、PCMは384kHz/32bitまでというハイスペックを実現している。USBメモリーなどA端子の接続では、DSDが最大5.6MHzのDSD128まで、PCMでは192kHz/24bitまでだ。SA-12はフラグシップ機SA-10の開発で得られたMMMを筆頭にする高音質技術を惜しみなく注ぎ込んで完成させた、超ハイコストパフォーマンス機なのである。

MMMは、1bitのデジタル信号からアナログ信号を得ているディスクリートDAC。もう少し詳しく言うと、PCMデジタル信号はすべて11.2MHzのDSDデジタル信号に変換処理されてD/A変換されるのである。一方、SACDやUSBからのDSDデジタル信号は、まったく変換処理されることなくストレートにD/A変換されてアナログ信号になっている。SACDの場合は2.8MHzのDSDということになる。

世にあるディスクリートDACは大別すると2種類になる。1bit信号(DSD)をアナログ変換するタイプと、3bit~6bit程度のマルチレベルに変換したデジタル信号からアナログ変換を行なうタイプだ。例えばマランツや米プレイバック・デザインズの手法は前者にあたり、英dCSやエソテリックは後者である。ディスクリートDACで24bitなどのマルチbit信号からアナログ信号を得ようとすると固定抵抗器の抵抗値精度がネックとなりリニアリティ=直線性が悪化してしまい、24bit相当の分解能はまず得られない。しかし、3~6bit程度のマルチレベルなら問題なく高い分解能を獲得できるという。

さて、MMM=マランツ・ミュージカル・マスタリングについて述べていこう。取材のため、私は川崎駅からほど近い日進町のD&Mホールディングスを訪れた。応対していただいたのは、エンジニアの河原祥三氏とマランツのサウンドマネージャーを務める尾形好宣氏、そして営業企画室の髙山健一氏だ。

左からエンジニアの河原祥三氏、マランツのサウンドマネージャーを務める尾形好宣氏
営業企画室の髙山健一氏

MMM=マランツ・ミュージカル・マスタリングは、異なる2つのパートで構成されている。2基の高性能DSPを搭載しているMMM-Streamというデジタル信号処理回路と、1bitのディスクリートDAC回路であるMMM-Conversionである。

MMMのブロック図

MMM-Streamは、PCMデジタル信号を11.2896MHzの1bit(サンプリング周波数が44.1kHz系列の場合)、もしくは12.288MHzの1bit(同48kHz系列の場合)に変換する回路だ。そして、ディスクリートDAC回路のMMM-Conversionに送り込むための出力インターフェースもあるため、バイパスされるSACDやUSBからのDSD信号の受け皿としても機能している。

注目すべきは、PCMデジタル信号を1bitのデジタル信号に変換するプロセスの高性能ぶりである。MMM-Streamの基板上には左右独立で完全同期動作させている2基のアナログデバイス製SHARC(シャーク)DSPがあり、マランツのオリジナル・アルゴリズムで「デジタルフィルター」「ノイズシェイパー」「レゾネーター」そして「ディザー」といったデジタルオーディオ処理を行っている。

驚いたのは、内部のオーバーサンプリングFIR/CICフィルターにより、32bit(フローティング)の11.2MHz/12.3MHzという超ハイサンプリングPCM信号を⽣成していること。32bitの11.2MHzサンプリングPCMである! それをΔΣモジュレーターで最終的に11.2MHz/12.3MHzの1bit信号へ変換しているのである。オーバーサンプリング処理は変換誤差を限りなく少なくするため、最大で16×16の演算を行なって256倍のサンプリング周波数(11.2/12.2MHz)としている。滑らかさを重視した16倍と直線補間的な16倍という工夫もあるのだが、アルゴリズムの詳細は秘密事項に違いない。

「SA-10」の内部をチェック
MMM部分

PCMデジタル信号に限り、MMM-Streamでは「デジタルフィルター」が2種類セレクトできる。フィルター1は、プリエコー(前段)とポストエコー(後段)が共に短い対称的なインパルス応答。フィルター2は、非常に短いプリエコーと長めのポストエコーという非対称のインパルス応答である。その違いは微妙であるが、フィルター1は精確性に優れたサウンドステージと鮮明なトーンバランス、フィルター2は僅かに明るめの音調とニュートラル感のあるトーンバランスを特徴にしている。

フィルター1は、プリエコー(前段)とポストエコー(後段)が共に短い対称的なインパルス応答。フィルター2は、非常に短いプリエコーと長めのポストエコー

同じくPCMデジタル信号のみだが、MMM-Streamでは「ディザー」と「ノイズシェイパー」の選択も可能だ。ディザーは演算誤差を減らすための信号技術で、PCMデジタル信号にごく微量でランダムな値を加えるもの。デフォルトのディザー1はマランツのオリジナル開発による、誤差の減少とS/N感の悪化を最小限に抑えるモード。ディザー2は一般的な三角波ディザーのようで、誤差を減少させるがS/N感は僅かに犠牲になる傾向がある。そして、ディザー回路を使わないオフという設定がある。

ノイズシェイパーは、ΔΣモジュレーター(変調器)のフィードバックをアレンジすることで変化させている。ここでは4段階を選ぶことになり、デフォルトの3rd-1はSN比が高く開放的で緻密なサウンドステージを高度にバランスさせた内容。3rd-0はSN比と自然な音調が得られ、解像感は抑えめになる。4th-1は前記の2つよりもSN比が高いながらもサウンドステージの解像感が下がる傾向。そして4th-0では5kHz以下の帯域で高いSN比が得られて、楽器の質感やボーカルを躍動的に再生するという傾向になる。

エンジニアの河原祥三氏

MMM-StreamはPCMデジタル信号の高度な処理を行ない、ディスクリートDAC回路に出力するインターフェースではSACDとUSBからの1bit信号(DSD)も受けている。そこで準備された11.2MHz/12.3MHzの1bit信号は、MMM-Conversionと呼ばれるディスクリートDAC回路に送り込まれるわけだ。その間には高周波ノイズ対策のための高品位な高速デジタル・アイソレーター素子が置かれている。これは音質向上のハイテクニックだそうで、デジタルフィルターとD/A変換が1チップになっているDAC素子ではできなかった施策なのだ。

横一列に並んでいる中央のパーツが高速デジタル・アイソレーター

ディスクリートDACのMMM-Conversionでは、FPGAではなくCPLD(コンプレックス・プログラマブル・ロジック・デバイス)と呼ばれる素子を使っている。集積度でいえばFPGAよりも低いのだが、MMM-Streamで2基の高速DSPを使って1bit信号を生成しているぶん、ディスクリートDAC側での処理がシンプルになっているのは確かだ。また、CPLDはEEPROMに代表される不揮発性メモリを使っているため電源投入後すぐに使用できるという利点もある。FPGAはSRAM等の揮発性メモリを使っているので、電源投入後にプログラムを送り込む必要がある。MMM-Conversionで使われているCPLDは、インテルのALTERAシリーズのようだ。

中央の大きなパーツがCPLD

CPLDは波形整形、遅延などの処理を行い、電圧信号をD-フリップ・フロップ(D-FF)と呼ばれる素子に伝送する。D-フリップ・フロップはその電圧信号のタイミングを整えて1bitの電圧を出力し、それが固定抵抗器とコンデンサを経由することで高周波が除去されたアナログ信号に変換される。ディスクリートDACではD-ラッチという素子を使う場合もあるが、MMM-コンバージョンではD-フリップ・フロップ素子が使われているという。このD-フリップ・フロップ素子をきわめて精確に動作させるために専用の別電源から電源供給を行ない、しかも各D-FFはクロック同期を実現しているという入念ぶり。

サウンドマネージャーの尾形好宣氏

MMM-Conversionで私が驚いたのは、CPLDからD-FFを経由して固定抵抗器に送られる回路が、左右チャンネル合計で28個もあること。チャンネルあたり14個もの回路が存在するのだ。1bitの変換であればミニマム1回路で済むのだが……。話を伺うと、チャンネルあたり14の回路はホットが7回路、コールドが7回路でバランス動作をさせているから。

右端に見える固定抵抗器の列がI/V変換回路に相当する

しかも、この各7回路は単純なパラレル動作の加算ではなく、D-FFでそれぞれ1クロックずつ固定抵抗器に信号を送り込むタイミングをずらしているという。このテクニックは移動平均フィルターそのもの。ある意味アナログな手法で不要な70kHz付近からの高周波ノイズ成分を減衰させているのである。また、この過程でノイズフロアレベルを低下させる効果も得られ、全体のS/N感がぐっと高まっているのである。

ここまでは、マランツのディスクリートDACであるMMM=マランツ・ミュージカル・マスタリングの概要だ。おわかりいただけただろうか?

ディスクリートDACへ至る道

MMM=マランツ・ミュージカル・マスタリングに至るまでの歩みは長い。そのルーツはマランツが今から22年前の1998年に発売したCDプレーヤー「CD-7」までさかのぼる。当時の日本マランツはオランダのフィリップス(ロイヤル・フィリップス)の傘下であり、フィリップス技術陣との交流が盛んだった。そのころフィリップスのアプリケーション・ラボラトリーに在籍(1985-1990)していたライナー・フィンク氏が独自アルゴリズムで書きあげたデジタルフィルター回路を搭載したのが、CD-7だったのだ。24bit動作のDSPによるデジタルフィルター回路で、3種類のフィルター特性が選択できた。フィンク氏は、フィリップスによる画期的なビットストリームDAC素子の開発にも深く関わってきた才人。CD-7はマランツ最後の高級CD専用プレーヤーだった。翌1999年には、マランツ初のSACDプレーヤー「SA-1」が登場している。

ライナー・フィンク氏

ライナー・フィンク氏は1991年にマランツに移籍しており、SACD/CDプレーヤーの「SA-11S1」(2004年)、「SA-7S1」(2006年)、「SA-11S3」(2012年)に改良を重ねながら搭載されてきたデジタルフィルター回路も彼のデザインである。ここまで述べると想像がつくだろう、マランツのディスクリートDACであるMMM=マランツ・ミュージカル・マスタリングも、ライナー・フィンク氏が主導的に関わることで完成したのだ。もちろん、河原祥三氏を始めとする日本側エンジニアによる開発力があってこそ実現したのである。フィンク氏の構想からMMMが完成するまでには5年の歳月が費やされている。困難に直面してあきらめようとしたときもあったそうだが、開発陣が一丸となってカット・アンド・トライを繰り返すなどして完成にこぎつけたという。

MMM開発途中の試作ボードも見せてもらった

“独自のオーディオ回路を開発する”それがマランツの社風なのかもしれない。SA-10とSA-12を例にとっても、D&Mオリジナル・ドライブメカニズムという基幹エンジンがそうであるし、今回の主人公であるMMMもいうまでもないハイスキルなマランツの独自技術。そして、HDAMという高速アンプモジュール回路もそうである。

SA-10の内部。ドライブメカはD&M独自のものだ

HDAMはオリジナルが差動電圧帰還タイプで、HDAM SA2は差動電流帰還タイプ、そして最新のHDAM SA3は不燃抵抗を排除して高音質タイプの抵抗器を採用した差動電流帰還タイプである。ディスクリートDACからのアナログ信号は、ディスクリート構成のHDAMバッファー回路と同じくディスクリート構成のHDAMアンプ回路を組み合わせて最終的なアナログ信号出力となっている。

HDAM回路を表面実装しているアナログ出力部分

MMMが生み出す自然さと緻密さがうまくバランスした高品位サウンド

私個人が抱いているMMM=マランツ・ミュージカル・マスタリングの音は、音色の自然さと緻密さがうまくバランスした高品位なもの。全体的に締まった高密度な音というイメージで、細マッチョ的なボディの逞しさも特徴としている。音場空間の広さと奥行き感の深さも申し分なく、曖昧さを感じさせない音像描写の確かさも印象的だ。

オーディオショップなどで試聴できる場合は、ぜひ自分の愛聴ディスクを持参してスピーカーシステムで聴いてほしい。そして、内蔵しているヘッドフォンアンプの音質も要チェック。ヘッドフォンのON / OFFと出力ゲインの Low / Mid / High はデジタルフィルターなどの選択と同じくメニューから選ぶことになるので、マランツのホームページから取扱説明書を見て予習しておくといいだろう。ちなみにヘッドフォン端子はDAPのよりも大きい標準サイズだ。

ディスクリートDACならではの音質的な魅力を際立たせている、フラグシップ機のSA-10とセカンドベスト機であるSA-12。愛聴ディスクやUSBメモリー音源から、その真摯なマランツ・サウンドを体感していただきたいと願う。

また、独自の回路を作り上げ、自分たちの音を追求するという社風は、MMMのさらなる進化や、それを搭載した新たなモデルの誕生にも繋がっていくはずだ。

(協力:ディーアンドエムホールディングス/マランツ)

三浦 孝仁

中学時分からオーディオに目覚めて以来のピュアオーディオマニア。1980年代から季刊ステレオサウンド誌を中心にオーディオ評論を行なっている。