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3Dスキャンを経て完成! ”俺仕様“のWestone新イヤモニ「ES70」を聴く

「手間がかかって面倒」とか「なかなか完成しない」というイメージがある、カスタムIEM(インイヤモニター)。しかし、e☆イヤホンのようなカスタムIEMオーダーに強い専門店の登場や、最新システムで耳型を“3Dスキャン”し、データとして日本から米国本社にリアルタイムに送るWestoneのようなメーカーの登場で、“面倒さ”と“時間”の大幅カットが実現。その快適さを実際に試しているのが、この記事だ。

先週掲載した前篇では、Westoneの人気ESシリーズの新機種「ES70」、「ES40」の中から、「ES70」をe☆イヤホンでオーダー。デザインにあれこれ悩みつつも、秋葉原の1ビルだけでオーダーは完了。完成した耳型が、Westoneを日本で販売する代理店のテックウインドにおいて3Dスキャンされ、デジタルデータ化。そのデータが、バビュンとインターネットで米Westoneに送られるところまでレポートした。

テックウインドにある、耳型の3Dスキャン装置

そして、まさに今ここに、完成したES70が到着した。なんと、オーダーから約1カ月、正確には1カ月を切った日数で届いてしまった。海外メーカーにオーダーしたというより、人気の品薄イヤフォンの入荷をちょっと待ってたら届いたくらいの気軽さだ。これだけ気軽だと、なんかもう2、3個オーダーしてもいいんじゃないかという気もしてきて財布が怖い。

ではさっそくES70を開封……の前に、ネットを介して米国に手渡された、私の“耳型データ”が、どのようにしてこのイヤフォンに変身したのか。それを追跡してみよう。

カスタムIEMはこのように作られる

⽶Westoneに到着した私の⽿型データは、PC上で不要な部分をカット・調整され、同社内にある3Dプリンターによって実体化される。実体化した⽿型は、職⼈の⼿により次の⼯程へ。製作のスピードアップだけでなく、手直しの面でも3Dスキャナーによるデータ化は効率化に貢献しているわけだ。なみに、“タイトフィット”などの特別な要望があった場合も、3Dデータの状態で調整して実体化する事も可能だそうだ。

データで送られてきた耳型をPC上でトリミング。また、顧客の希望によって部分的に盛ったり削ったりなどの調整も行なう
郵送されてきた耳型の不要な部分を職人が直接トリミングしている様子

耳型を小さな容器の中に入れて、その上から鋳型用の素材を流し込む。すると、カスタムIEMを作るための“型”が完成する。

鋳型を作っているところ

ではさっそく、その型にイヤフォン筐体(シェル)の素材を流し込み……とやりたいところだが、Westoneの場合は一味違う。前回も書いたように、同社のカスタムIEMには、人間の体温で柔らかくなる“フレックスカナル”という技術が使われている。柔らかくなることで、より耳にフィットしつつ、装着感もアップする仕組みだ。

これを実現するために、鋳型の外耳道(カナル)の部分に、最初にフレックスカナル用の素材を流し込む。それを流し込んだ後に、シェル用のアクリル素材を流し込む。これにより、耳穴と接する側にフレックスカナルが配置され、体温で柔らかくなり、耳にフィットする……というわけだ。

シェルを作っているところ。最初にフレックスカナル用の素材を流し込む

それにしても、複雑な形状の型に素材を流し込んでシェルを作るだけでも大変そうなのに、素材を2層に注入するのはさらに技術が必要そうだ。シェルが無色透明ならまだしも、オーダー時にあれこれ選んだように、ラメ入りだったり、2色が入り混じったりと、実際はさらに複雑になっている。これらに応えたイヤフォンを生み出していくのは、まさに職人技と言っていい。

シェルの製作途中

フレックスカナルとシェルの素材を注入。さらに、シェルを作る傍らで、フェイスプレートも作成する。

フェイスプレートを作っているところ

シェルが固まったら、型から抜き出す。余分な部分を切り落とし、横で作成していたフェイスプレートと仮組み。フェイスプレートの余分な部分をカットし、シェルとフェイスプレートがぴったり合わさるように、接地面もキレイにする。

型から抜き出したシェル。余分な部分を落としていく
こちらはフェイスプレートだ
研磨作業も大事な工程だ

この工程が終わると、一度シェルとフェイスプレートは分離。シェルの内部を器具で削り、ドライバがちゃんと収まるようにしていく。筐体の大きな部分だけでなく、音が通るノズル、つまり音道部分にも当然穴を開けなければならない。繊細な作業だ。

音道になる穴を開けているところ

シェルが完成したら、検品済みのBA(バランスドアーマチュア)ドライバーを職人が入れていく。シェルのカタチは人によって違うので、BAの個数が増えると“どうやって全部を収めるか”も腕の見せ所だ。

BAを内蔵したら、専用器具で音質をチェック。アートワークをオーダーした場合は、専用の機械でフェイスプレートにアートをプリント。完成したフェイスプレートを、シェルと合体させ、いよいよ私のカスタムIEMが完成する。

専用器具で音質をチェック
最終的な仕上げを施す研磨機

こうして工程を見ていくと、耳型データを日本から送信するまではデジタル技術で便利になっているが、実際にイヤフォンを作る工程は、かなりアナログな“職人の手作業”だとわかる。こうした部分は、デジタルデータを再生するモノであっても、最後は職人の腕が物を言う、オーディオ機器っぽい面白さと言えるだろう。

届いたES70、開封の儀

というわけで、届いたES70を開封。ダンボールを開けると、私の名前入りのケースが登場。イヤフォンと対面する前に「オーダーメイドしたんだなぁ」という実感が広がり、ボルテージが上がる。

ダンボールを開封すると、名前入りのケースが現れた!
ケースの中身

いざ、カスタムIEMと対面。オーダー通り、期間限定・四季オプションから“冬”がテーマの「スモーク×Precious Metal Silver」と「キャンディーブルー × Precious Metal Silver」を使ったシェルが美しい!

ついに完成したES70

どちらも寒色で落ち着いた色味だが、内部にキラキラと光る銀箔が多数入っているので、光が当たるとその反射で存在感が増す。フェイスプレートに選んだステンレススチールプレートの「W」の隙間から見える様子もグッとくる。やはり角度や光によって変化するデザインは、見ていて飽きがこない。

光の加減で表情が変化する。やべぇ、カッコいい……

ひとしきり眺めて悦に入った後は、ケースの中をチェック。クリーニングツールに加え、カスタムIEMを装着しやすくするための潤滑ジェルも同梱。耳に入る部分に塗布するものだ。ただ、今回は塗布しなくても快適に装着できたので、そういう場合は使わなくてもOKだ。

潤滑ジェル

面白いのは除湿剤も付属している事。人間の耳の中は湿度が高いが、長時間使うとイヤフォンの中にも湿気がとどまる事がある。ケース収納時に、その湿気を取り除くためのものだ。

除湿剤

せっかくオーダーしたカスタムIEMなので、長く愛用したいもの。こうしたメンテナンス、クリーニングツールが最初から付属しているのは嬉しい限り。カメラや時計のメンテナンスと同じように、お手入れを繰り返す事で、愛着がさらに増すというのもあるだろう。

究極の装着感と、圧倒的な遮音性

ではいよいよ装着する。普通のユニバーサルイヤフォンと違うのは、耳穴サイズに合わせるためのイヤーピースが不要な事だ。装着方法も普通のイヤフォンと少し違い、ノズルの先端を耳に入れて、少しひねるように奥へと入れる。サザエのつぼ焼きの中身を、元に戻すようなイメージだ。

自分の耳型から作られているので、フィット感は半端ではない。今回は口を閉じた状態で耳型をとったというのもあるが、喋ったり、口を開けずに普通にしている状態で、超ピッタリとフィットする。特にキツイ感じもなく、イヤフォンが大きすぎて圧迫感を感じるような事もない。安定感も抜群で、首をひねったり、頭を左右にブンブン振っても落ちるどころかズレる気配すらない。耳穴に完全にフィットしているので当たり前と言えば当たり前なのだが、初めてカスタムIEMを作った人は、この“フィット具合”に感動するはずだ。

また、今回オーダーしたES70のように、WestoneのカスタムIEMには体温で徐々に柔らかくなる特殊な素材「フレックスカナル」が使われているモデルがある。この効果も確かに実感できる。装着して数分経過すると、“耳穴に隙間なくイヤフォンが埋まっている”感じが薄れ、イヤフォンと耳が設置している部分の“馴染み”が良くなる。恐らく時間が経過した事による“慣れ”もあるのだと思うが、より快適に使えるようになる。

ちなみに、柔らかくなった状態を指でさわってみると、グニグニと変形する。これは耳穴に入るノズル部分で、ハウジングの後方部分はまったく変形しない。

先端部分が柔らかくなると、指で摘んだだけでもグニッと形状が変形する

遮音性はスゴイの一言。職場で使ってみると、空調の「コーッ」というノイズや、PCが起動している時の「ゴーッ」という断続的なノイズが綺麗に消滅。人の声もほとんど聞こえなくなる。すぐ隣で人が喋っていると気づくが、喋っている内容は断片的にしか聞き取れない。

静になるので屋外での使用にも最適

装着したままパソコンで原稿を書いてみると、自分が打つキーボードを打つ「カチャカチャ」という音から、中高域が消え、「ココッ」という低い音だけがかすかに残る。

当然、アクティブノイズキャンセリング機能は一切使われていない。純粋に耳穴にフィットする遮音性の高さにより実現している“静けさ”だ。余計な音に気をとられなくなるため、音楽を再生せず、カスタムIEMを装着するだけでも“超高性能耳栓”として使用できる。カフェなどで仕事をしたり、読書する時にも重宝するだろう。

ただ、遮音性が高すぎるので乗り物の運転中に使うのはNGだ。他にも、駅のホームで音楽を聴いていると、ホームに入ってきた電車の存在まったく気が付かず、突然視界の中に電車が現れてビックリする事もある。何かと接触する可能性のある場所では、注意したほうがいいだろう。

大型の低域用BAと上位機のBAを組み合わせたES70

今回オーダーしたのは、発表されたばかりのESシリーズ新製品「ES70」(税込18万円前後)と「ES40」(税込115,000円前後)の中から、「ES70」だ。ESシリーズは、Westoneのカスタムの中でフラッグシップ。ES80、ES60、ES50、ES30、ES20、ES10というモデルが今までラインナップされており、新たに「ES70」と「ES40」が追加。ES10~ES80まで、キレイに数字が繋がった。

いずれのモデルもバランスドアーマチュア(BA)ドライバーを採用。ES10はフルレンジのBA×1基、ES20は低域×1、高域×1の合計2基……と、型番の二桁目の数字がBAドライバーの個数を示している。

ES70

「ES70」は低域×1基、中域×2基、高域×4基の計7基。ちなみに、「ES40」は低域×2基、中域×1基、高域×1基だ。

ES70の特徴は、低域用として1基搭載しているBAが、ES50にも採用されている最大サイズのユニットである事。その豊富な低音に負けじと、最上位「ES80」の高域、中域用BAを組み合わせている。下位モデルの特徴と、上位モデルの魅力を“いいとこどり”したような機種だ。

ES40

一方のES40は、バランスの良い再生音が特徴で、厚みのある豊かな低域もしっかり出すタイプ。注目は2基搭載している最新の低域用BAドライバー。厚みのある、豊かで再生が可能なユニットを使っている。

スペックは、ES40が入力感度112dB/1mW、再生周波数帯域10Hz~20kHz。インピーダンスは28Ω。ES70は、入力感度115dB/1mW、再生周波数帯域は5Hz~22kHzとワイドレンジ。インピーダンス39Ωとなっている。

音を聴いてみる

プレーヤーとしてAstell&Kernの「A&ultima SP1000」を用意。まずは3.5mmステレオのアンバランス接続で聴いてみる。ちなみに、イヤフォン側はMMCX端子にしたのでリケーブルも楽しめる。

Astell&Kernの「A&ultima SP1000」

再生ボタンを押す前から、ユニバーサルイヤフォンと違う。前述のように遮音性が高いため、非常に静かな空間が出現。その静寂の中に、音が立ち上がっていく。静かであるという事は、それだけ音楽の表情が見やすく、細かな音も聴き取りやすくなる。つまり、静かである事も、音質にとって重要な要素なのだ。

「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」を再生すると、まずはその豊富な低音に驚かされる。まるで大口径のダイナミック型ユニットを使っているかのような、音圧が豊かで、張り出しの強い、迫力のベースがガツンと押し寄せてくる。

その低音は単に派手なだけではなく、キッチリ制御されている。低音の輪郭自体はシャープに描写され、決して破綻していない。ベースの「グォーン」という地獄の底から響くような低音も、単に“膨らんだ響き”ではなく、ベースの弦がブルブルと震え、それが増幅されて「グォーン」になっている事がわかる。低い音の構成要素が“見える”と言ってもいい。そのため、決して大味な音にはならず、迫力の中にも情報量と繊細さがある。

キレの良さと迫力が同居した低音なので、例えば「コーネリアス/Sensuous」から「Beep It」を再生すると、繰り返されるビートが気持ちよすぎて、精神がどこかに飛んでいき、音の感想をメモる手すら止まってしまう。

この強力な低音に負けないのは、BA×4基で構成される高域だ。迫力の低音が押し寄せて来ても、「ホテル・カリフォルニア」におけるエレキギターの鋭く高い音や、ドン・ヘンリーの高い声の輪郭、そしてその響きが音場の向こう側へと広がっていく様子もキチンと描写される。そのため、低域から高域まで、全体のバランスが良く聴き取れる。

バランス駆動もテスト

次に、手持ちの2.5mm 4極ケーブルを使い、バランス駆動を試してみる。

同じように「ホテル・カリフォルニア」を再生すると、明らかに音が変化する。真っ先にわかるのは音場の広さで、バランス駆動の方が圧倒的に広い。ES70は低域がパワフルなイヤフォンなので、様々な音が強く押し寄せてくるような鳴り方をするが、バランス駆動ではステージそのものが広大になるので、“押し寄せ感”が少し落ち着き、1つ1つの音と音の距離感や配置にまで意識が向くようになる。

また、「宇多田ヒカル/花束を君に」のようなボーカルものでは、ボーカルの音の立体感もアップする。さらに駆動力が上がるためか、低域の沈み込みの深さもより深くなる。要するにあらゆる面でクオリティがアップする。

これは間違いなくバランス駆動で聴くべきだ。ES70を選ぶようなユーザーは、おそらくバランス駆動できるプレーヤーを持っていると思うが、持っていない場合は導入を検討すべきだろう。リケーブルできるので、より描写がシャープなケーブルを選んで組み合わせてみるなど、理想の音をさらに追求する楽しみもある。

憧れのカスタムIEMは、使いやすく、快適なイヤフォンでもある

耳型を採取して、デザインを選んで……と、作る前は大変そうに見えるカスタムIEM。だが、実際に作ってみると、耳型採取もさほど時間はかからず、デザイン決めに悩む時間はむしろ楽しい。さらに3Dスキャンによる耳型のデジタルデータ化により、完成品が手元に届くまでもスピーディーになるなど、“思ったより手軽に作れるな”という印象だ。

また、実際に使ってみると、音質の良さだけでない利点も実感する。イヤーピースをあれこれ選ばなくても、完璧に自分の耳にフィットし、装着後の安定感もピカイチ。ストレス無く使えるイヤフォンとして快適である事、そして遮音性の高さを活かして“手軽に静かな環境が得られるツール”としても魅力的だ。さらに言えば、その静かな環境で音楽の微細な表現も楽しめる。

スピーカーを使った据え置きオーディオで例えるなら“高音質な単品コンポを揃えた”だけでなく、“防音のオーディオルームまで一緒に完成した”ような感覚だ。いつでもどこでも快適に、それでいて真剣に、じっくりと音楽と向き合える。それがカスタムIEMの魅力と言えるだろう。

オーダーしたES70は、迫力の低音と、それに負けない中高域。それらが高度な次元でバランスをとっているのが特徴だ。ビートのキレと安定感も良いので、ロックやポップス、テクノなどもマッチする。映画のサウンドトラックとの相性も良い。「澤野弘之/機動戦士ガンダムUC サウンドトラック」の2曲目「UNICORN」を再生すると、宇宙規模の壮大なスケールが迫力満点の音で迫ってきて、打ちのめされる。

一方で、ESシリーズは、ES80、ES70、ES60、ES50、ES40、ES30、ES20、ES10と、今回の新モデル追加で非常に幅広いラインナップが揃った。ES70はちょっと手が届かない……という人も、新機種のES40や、ES70と同じ低域用大型BAを搭載したES50など、下位モデルでも音のクオリティは一級品だ。

音にもデザインにもこだわった憧れのカスタムIEMが、スピーディーに入手できる。そんな時代は、もう到来している。

Westone PV (2019年) Reach the real - 本物に、届く。[60秒版]