脱バーバリーの老舗・三陽商会と東大発ベンチャー、3D解析ツールで完全オーダースーツ

三陽商会が初のパーソナルオーダースーツブランド「STORY & THE STUDY」(ストーリー アンド ザ スタディー)を9月にスタートする。

「70年を超えるモノ作りの技術に、最先端のデジタルテクノロジーを融合させ、これまでにないフィット感の着用体験と、シームレスな購買体験を実現したい」と慎正宗執行役員は語る。

日本のものづくり精神生かし

「STORY & THE STUDY」のメインビジュアル

クラフツマンシップとテクノロジーを融合させたパーソナルオーダー事業を開発。メンズとウィメンズを扱う。

三陽商会といえば、戦後始めたレインコートの製造販売が当たり、総合アパレルへと業務内容を拡大。その技術力の高さから英国「バーバリー」に認められ、1965年には輸入販売に加えてライセンス生産も開始し、売り上げ・収益の柱に育てた経緯がある。

その「バーバリー」との契約は2015年に終了。その穴を埋めるべく、さまざまな施策を打ち出してきた。2018年には「Future Sanyo Vision」を策定。中でも、「ジャパン・プレミアム・ファッションカンパニー」をスローガンに掲げ、

  • 日本のクラフトマンシップに基づく、圧倒的なモノ作りの実現~製造工程の一部/全部を日本に置き、日本固有のクラフトマンシップでの高品質なモノ作りを行う
  • 高品質・高付加価値商品を買いやすい価格で提供~ラグジュアリーとアフォーダブル(手に入れやすい)の間で、既存ブランドや企業にはない新たな価値を適正な価格で提供

を目指すとしている。今回の「STORY & THE STUDY」は、そのビジョンを具現化する象徴的ブランドだ。

慎執行役員は「当社のスーツ全体の売上高は縮小傾向にあるが、落ちているのは既製スーツ。オーダースーツは伸びており、チャンスだと捉えている」と説明。さらに、「単なる通勤着や作業服でも、高額な一張羅でもない、『手の届かない一張羅のクオリティを手の届く価格で提供し、自分ら選んで着る“勝負服”』としてポジションを取りに行きたい」と意気込む。

今回のプロジェクトで、ブランディングではBreakthrough Company GO、3D解析では東大発のアルゴリズムサプライヤーであるPKSHA Technology(パークシャ テクノロジー)の子会社、Sapeet(サピート)と連携する。「オープンイノベーション型」で事業開発に取り組んでいるのも、老舗企業にとっては新しいチャレンジだ。

ブランド名に込めた2つの強み

田中陽樹GOプロデューサー、槙正宗三陽商会執行役員、築山英治Sapeet代表取締役。

オープンイノベーション型で事業開発に着手。左から田中陽樹GOプロデューサー、慎正宗三陽商会執行役員、築山英治Sapeet代表取締役。

撮影:松下久美

慎執行役員は福助やイトーヨーカ堂を経て、戦略コンサルティングファームのボストンコンサルティンググループ(BCG)に入り、大手小売・流通企業の経営戦略の立案・実行を支援。服飾雑貨のシカタの再生も手掛けた。ファーストリテイリンググループのジーユーや、カートサーモンでの勤務経験もある。三陽商会には2018年に入社し、現在はデジタル戦略本部副本部長、執行役員経営統轄本部副本部長兼経営戦略部長を務めている。三陽としては異色の人材だ。

ブランド名には強みである2つの特徴を反映。ストーリーには三陽商会が70年以上の「歴史」で培ってきた高い技術のものづくり、クラフトマンシップを、スタディーには、モノ作りの技術を常にアップデートさせるために「進化」し続けること、今回はデジタルテクノロジーを取り入れたことを反映させた。2語を結ぶ「&」のロゴマークは縫い針をモチーフとしている。

「STORY & THE STUDY」のビジュアル画像

強みの2語を結ぶ「&」のロゴマークは縫い針をモチーフとしている。

激戦の中低価格帯のオーダースーツ市場

中低価格帯のパーソナルオーダースーツは「ZOZO」でも話題になったが、クリエイティブディレクターに佐藤可士和氏を迎えて展開するコナカの「ディファレンス」をはじめ、オンワードの「カシヤマ・ザ・スマートテイラー」やAOKI、5月に丸井グループから資金調達を行った「FABRIC TOKYO」など先行企業も多い。

そんな中で、三陽商会が勝ち残るべく最大の特徴として打ち出すのは、「お客さまの体に合った立体感」。「体の立体的特徴を3Dで解析する最先端のテクノロジー」と、職人やプロのフィッターによる熟練した技術と暗黙知ともいえる蓄積された技法、つまりは「クラフトマンシップ」との掛け合わせから生まれるものだ。

GOの田中さんは「他社との違いを言語化するのが難しかったが、明確に違った『時間』のかけ方を訴求ポイントの一つにした」と説明する。

生産する福島のテーラード工場(サンヨー・インダストリー。J∞クオリティ認証工場)に通い、水分を含ませて縫製したり、フラップ(ポケットの垂れ縁など)ははねないように乾燥させてから縫製したり。アイロンのかけ方一つでも仕上がりが大きく違うことがわかったという。

「地味だけど大切な工程の積み重ねが三陽商会、そして、このブランドのモノ作り力であり強みだと確信している。そして、技術者の思いを伝えることに注力した」(田中さん)

服が着られなくなったことが原動力

3D分析ツールのタブレット画面

体形と姿勢の特徴を立体的に解析できる「3DFitting Analyzer」(3D解析ツール)。

一方、テクノロジーを支えるSapeetは東大大学院出身の築山代表が2016年3月に設立したスタートアップ企業だ。

「大学に入学したときは60キロだった体重が、アメフト部で鍛えられて100キロになり、ネットで買った服がパツパツで着られなくて困った経験が原動力になった」

ネット試着ができる仕組みを作ろうと考え、東大で学んだ物理シミュレーションをベースに、身長、体重、年齢、性別といったデータと複数の全身写真をもとに測定したユーザーの体型を3Dデータとして可視化するサイジングモジュールなどを開発。

「STORY & THE STUDY」でも、「3DFitting Analyzer」(3D解析ツール)によって、体型・姿勢の特徴を立体的に解析し、快適で美しいフィット感の提供を目指す。

「アルゴリズムの精度の追求による厳密なヌード寸法を取得することよりも、身体の特徴に合わせて一番美しい、動きやすく、かつ無駄なシワのない美しいシルエットのスーツを提案することに主眼を置いた。着心地やシルエットを決めるのは肩や腰のバランスや傾斜であり、この部分にフォーカスして3D解析を実施し、パターン寸に反映できるようにしている」(築山さん)

3D分析ツールのタブレット画面

カスタマイズ項目を加味しながら体形に合わせて完成イメージ画像を作成。かなりリアルに仕上がるため、出来上がりが想像しやすく、良い購買体験につながるとしている。

さらに、カスタマイズツール「Virtual Design Simulator」を活用し、顧客の趣味趣向を反映してカスタマイズしたときに完成イメージを生成。タブレットの画面を見ながら、よりリアルな仕上がりイメージを顧客に見せながら接客できるようにしている。

スーツ 上半身

スタート時には、メンズでスーツ4型(4万9000円~)、ウィメンズはトップスがジャケット3型(3万3000円~)、ボトムスがパンツ3型・スカート2型(1万6000円~)、ワンピース1型(2万8000円~)を用意。注文から最短2週間でお渡し可能としている。

GOの田中さんは、単なるいい商品を売るだけでなく、「プレミアム」なブランドを目指していく、としている。

「物販やパーソナルオーダーサービスにとどまらず、アスリートやビジネスマン、シェフやクリエイターなど、生き方に共感できる方を中心とした『プレミアムスーツコミュニティ』を創造したい。こだわりがある人、信念がある人がスーツで価値観を表現する際に選ばれるものになりたい」

1号店はフルリニューアルして9月にオープンする三陽銀座タワー内を予定。同時期にECストアをオープンする予定だ。2着目以降は店舗でもECからでもオーダーできるようにし、2023年度に売上高25億円を目指すという。

もう少し高い目標を掲げてもよさそうだが、ここは社風通り、堅実にいくようだ。


松下久美:ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。2017年に独立。著書に『ユニクロ進化論』。

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