2020年までの月面着陸を計画するispace——宇宙スタートアップが展望する未来とは?【ゲスト寄稿】

SHARE:

本稿は、Disrupting Japan に投稿された内容を、Disrupting Japan と著者である Tim Romero 氏の許可を得て転載するものです。Tim Romero 氏は、東京を拠点とする起業家・ポッドキャスター・執筆者です。これまでに4つの企業を設立し、20年以上前に来日以降、他の企業の日本市場参入をリードしました。

彼はポッドキャスト「Disrupting Japan」を主宰し、日本のスタートアップ・コミュニティに投資家・起業家・メンターとして深く関与しています。


我々スタートアップ創業者は、ムーンショットについて話をしたがる。ムーンショットとは、大きな夢を持ってハードな問題を解決しようとするスタートアップ、そして、成功した暁には世界を変えるであろうスタートアップだ。

ムーンショットという言葉はたいてい比喩的な意味で使われるが、今日は文字通りのムーンショットを紹介したい。ispace の創業者兼 CEO 袴田武史氏は、今後2年のうちに商業ベースでの月への着陸を計画している。ispace は月面着陸機と月面ローバーを開発中で、 JAXA と提携し、これまでに9,000万米ドル以上を調達した

素晴らしい対話だったので、お楽しみいただけると思う。

ispace 創業者兼 CEO 袴田武史氏
Image credit: ispace

Tim:

ispace は日本で最も野心的なスタートアップだと思うのですが、何をしようとしているか説明してもらえますか?

袴田氏:

本当ですか? ありがとうございます。ispace は、商業ベースで月への交通サービスを提供します。人々が宇宙で暮らし、活動する時代を先導したいと考えており、2020年にローバーを月面に着陸させる予定です。

Tim:

そのあと8年間は年に2回のミッションを計画されていますね。政府のプログラムとしては、積極的な計画だと思います。一社のスタートアップが、どうやってそのようなことを実現できるのですか?

袴田氏:

政府の宇宙ミッションは5〜10年かかりますが、それだけかける必要はありません。技術は実現可能です。ハードな物理課題やエンジニアリングの問題は、ほとんど既に解決済です。我々の仕事のほとんどは、利用可能な最良の技術の周辺でシステムを設計し、それを組み立てることです。

Tim:

簡単なことにように話されますね(笑)。2020年に月にローバーを着陸させた後は、次は何をされるんですか?

袴田氏:

究極の目標は月に採掘プラントを建設することですが、最初の数セッションで運ぶのは30kg程度の荷物です。

ispaceランダー(月着陸船)のコンセプトモデルイメージ
Image credit: ispace
Tim:

地球で採掘するよりは費用の安くない月で、何を採掘するんですか?

袴田氏:

水です。水を水素と酸素に分解すれば、水素をロケット燃料に使えます。宇宙に燃料ステーションを作ることで、宇宙の交通手段を変えることができます。

Tim:

これは、近年抱いておられる夢ですね。実際、2010年には White Label Space という会社を設立されています。

袴田氏:

その通りです。White Label Space は、Google Lunar X Prize に挑むべく、ヨーロッパの宇宙エージェンシーに勤務する人々と始めました。残念ながら、2012年末までに資金が不足し、そのプロジェクトを日本に移して「HAKUTO」と改称しました。

<関連記事>

Tim:

HAKUTO は最終的に、Lunar X Prize に入賞したのですよね?

袴田氏:

大賞に入賞したスタートアップはありませんでしたが、HAKUTO は2014年に中間賞を受賞しました。我々は自分たちの技術を専門家集団に証明しました。たいていの人にとって、月面ローバー技術に特化したものの実用性を評価するのは難しいことですから、この検証を行うことは我々にとって非常に重要でした。

Tim:

HAKUTO は、日本の個人と企業の両方のスポンサーから、大変多くの支援を受けました。非常に長い間それに取り組んだわけですから、本当にやりがいを感じるものだったに違いないでしょう。

袴田氏:

我々ははじめからスポンサーシップで資金調達や注目を集めようとしていたわけですが、当初は大変困難を極めるものでした。我々は着実な進展を見せることができ、多くの人々がそのスピリットに関心や支援をもたらしてくれましたが、実際にスポンサーを募るのは中間賞を獲得するまで難しかったのです。

Tim:

それはよくあるケースだと思いますね。企業は、すでに成功しているものに対してスポンサーしたがるのが普通です。

袴田氏:

そうですね。しかし、我々の技術を理解してくれる人はほとんどいなかったので、我々にとっては特に難しいものでした。

新経済サミット2015に登壇した袴田武史氏(右から二人目)と月面ローバー
Image credit: Masaru Ikeda

Tim:

ビジネスモデルについて話しましょう。月に 30kg のものを届けるには、いくらかかるのでしょう?

袴田氏:

1kg あたり数百万ドルといったところですね。高額に聞こえるでしょうが、政府がミッションを立ち上げるのに比べれば、ずいぶんと安い金額です。

Tim:

それでも高額ですね。誰がそれだけの金額を払うのでしょう?

袴田氏:

当初いくつかのミッションはおそらく政府クライアント向けのものになり、科学探究や月関連の経済をどう発展させるられるか理解することに特化したものになります。

Tim:

鉄製造からコミュニケーションや交通まで、あらゆる月関連経済に対する袴田さんのビジョンには共鳴しますが、本当に実現できるのでしょうか? 政府の宇宙プログラムは何十億ドルもの費用を投じており ROI を気にする必要もありませんが、ispace は民間会社です。技術的に可能かというだけでなく、黒字化すると考えておられますか?

袴田氏:

そうなると信じています。長期的に見れば、民間会社は政府プログラムよりも、宇宙開発ではるかに力を持った存在になると考えています。将来を予測するのは難しいですが、我々の中長期目標は衛星インフラです。我々の衛星に対する依存度は増しており、地球にある資源より月にある資源を使って衛星を提供した方が、はるかに費用を安く抑えることができるでしょう。しかし、長期的な商業ベースでの可能性を語るには、まだ早すぎると思います。


向こう2年のうちに、月にローバーを着陸させる ispace の計画は現実的なのだろうか? いや、もちろん、そんなことはない。このスケールの野心的なプロジェクトが、現実的だなんてことはあり得ない。しかし、可能だろうか? 正直な話、私にもわからない。今のところ、我々にできることはそうなること、そして、ispace チームの幸運を祈ることだ。

しかし、ispace をスタートアップとして見れば、彼らの前には大きな困難が立ちはだかっている。最高のスタートアップ創業者ですら、解決できないような代物だ。ispace のスタートアップとしての最大の挑戦は、顧客が誰であるかわからない、あるいは、解決しようとしている問題が正確には見えていない、というものだ。彼らはこれまで自分たちが創造している価値を定義できずにやってきたし、民間であれ政府であれ、1kg あたり数百万ドルもの費用を払って月に何かを送り届けたいと考える潜在顧客もいない。

公平に見て、袴田氏と ispace はこの問題を理解していて、袴田氏は、最大の長期的課題が月関連経済をどうやって作り出していくか、ということだと語っていた。

物事が動くのは速い。この問題を解くのに ispace のチームに残された時間は数年ほどだ。彼らは現在の資金で次の2つのミッションをまかない、月にローバーを着陸させることになるだろう。今のところ、それが皆が見守っている ispace の取り組みだ。

Members

BRIDGEの会員制度「Members」に登録いただくと無料で会員限定の記事が毎月10本までお読みいただけます。また、有料の「Members Plus」の方は記事が全て読めるほか、BRIDGE HOT 100などのコンテンツや会員限定のオンラインイベントにご参加いただけます。
無料で登録する