携帯料金値下げには他にも方法がある。総務省緊急提言に異議あり

2019年1月17日に総務省の「モバイル市場の競争環境に関する研究会(以下、研究会)」と「ICTサービス安心・安全研究会 消費者保護ルールの検証に関するワーキンググループ(以下、ワーキンググループ)」は「モバイルサービス等の適正化に向けた緊急提言」を発表した。

携帯売り場

撮影・小林優多郎

この提言は通信料金と端末料金の完全分離、行き過ぎた期間拘束の禁止、合理性を欠く料金プランの廃止、販売代理店の適正性の確保等が柱になっており、携帯電話業界に大きなインパクトを及ぼす内容となっている。

特に通信料金と端末料金の完全分離の影響は大きい。

携帯電話端末を値引いて通信サービスを契約してもらうというバンドル販売ができなくなるからだ。携帯電話端末を頻繁に買い替える人にとっては通信料金に端末料金を上乗せして支払う仕組みはメリットがあるが、そうでない人にとっては他人の携帯電話買い替えコストまで負担させられていて不公平だという声は従来からあった。今回の完全分離でそのような不公平感は解消されるし、携帯電話会社間の乗換も容易になる。

日系メーカーには撤退する企業も

一方で、携帯電話の端末料金は大きく値上がりし、消費者は買い替え時に、例えばiPhone等の最新機種では10万円以上の一次的支出を余儀なくされる。携帯電話端末の売れ行きは悪化し、特に日系携帯電話メーカーはただでさえ絶滅の危機にさらされているのに、撤退するところも出てくるだろう。携帯電話の販売代理店も携帯電話端末の販売に伴う収入が激減し、店舗の閉鎖を余儀なくされるところも出てくるだろう。

肝心の携帯電話の料金だが、安くなるかどうかは携帯電話会社の経営判断次第である。既に値下げを発表している携帯電話会社もあるが、これは政府の圧力を受けたものだろう。大手キャリア3社による実質的寡占市場が続く間、継続的に競争メカニズムが有効に働くかどうかはわからない。

ここで、今回の緊急提言に関する検討プロセスと提言内容の各側面における課題点や代替策を考えてみたい。

イタチごっこやめるために

ドコモ

政府の「4割値下げ」要請発言後、ドコモは2割から4割の値下げを予定しているという方針を発表した。

撮影・小林優多郎

携帯電話の料金政策については、自由化されているにも関わらず、最近、毎年のように総務省で有識者会議が組織され、その都度、さまざまな提言が発表されてきた。

例えば2015年10月から12月まで総務省のICTサービス安心・安全研究会のもとに「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」が、2016年10月から11月まで同研究会のもとに「モバイルサービスの提供条件・端末に関するフォローアップ会合」が、2016年1月から2018年11月までの間には「電気通信市場検証会議」が、さらに2017年12月から2018年4月までは「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会」がそれぞれ開催されてきた。

公正取引委員会でも2018年4月から5月にかけて、「携帯電話分野に関する意見交換会」が設置された。 しかし、一連の政策提言は当局と携帯電話会社の間でのイタチごっこを招いた。

典型的な例は今回の提言にも盛り込まれている端末の4年縛りの禁止であろう。もともとこれは当局が2年縛りを問題視し、他方で消費者の月々の負担を軽減するために、携帯電話会社が工夫して生み出したものである。規制に対応して捻り出したプランを禁止されてしまっては携帯電話会社は将来事業環境への予見性を失い、結果として企業活動が委縮する。

このような当局と携帯電話会社間のイタチごっこと、毎年のように開催される有識者会議の検討状況に危機感を覚え、研究会とワーキンググループの上部組織である「情報通信審議会 電気通信事業政策部会 電気通信事業分野における競争ルール等の包括的検証に関する特別委員会」の構成員でもある筆者は2018年10月4日の第1回会合で、これまでの検討経緯をきちんとレビューしてから政策を立案すべきであると進言した。

数字の裏付けのない再建計画


au-sb

撮影・小林優多郎

残念ながら、この発言がなかったかのごとく、研究会とワーキンググループは2018年11月26日の会合でいきなり緊急提言(案)を提案した。 総務省の携帯電話政策の不思議なところは、過去の政策の効果について、きちんとした定量分析や定性分析を行わないまま、次々と新しい政策案を出してくること、すなわちPDCAサイクルを全く回していないことである。

特に計量モデルによる分析は皆無である。総務省のアプローチは企業で言えば、毎年数字の裏付けのない再建計画を出しているようなものなのだ。

緊急提言(案)については、その後パブリックコメントにかけれられたがマイナーな修正を加えただけで2019年1月17日に正式の緊急提言が採択されている。この強引で拙速な手法についてはパブリックコメントでも数多くの批判があったが、研究会とワーキンググループは黙殺している。

そもそも2018年8月の菅官房長官の「携帯電話料金は4割値下げできる」という発言が影響して、総務省が結論を急いだとしか思えない。政治家がどう発言しようと勝手であるが、有識者会議は少なくともアカデミズムの観点、特に競争政策で重要なミクロ経済学やゲーム理論の観点から、理論的に解を導き出すべきである。今回の緊急提言に至るプロセスは残念ながら有識者会議の審議プロセスのあるべき姿には程遠い。

1つしかない政策の選択肢は本当か

携帯電話市場は3社による実質的寡占市場であり、諸外国よりも料金水準は高止まっている、少なくとも先進国の中では料金水準の低い方の国ではない、というのは事実である。

ではその料金水準を下げるためにどうするべきなのか。通信料金と端末料金の分離は唯一絶対の解なのか。実は他にも選択肢は存在したはずである。例えば以下のような選択肢である。

a. 4社目のMNO(大手キャリア)参入までの積極的無策

2019年10月には4社目のMNOである楽天が携帯通信市場に参入する予定だ。であれば、積極的に何もしないというのも一案である。総務省が毎年行っている「電気通信サービスに係る内外価格差調査」からわかることは、MNOが3社であれば料金が高止まりし、4社になれば競争が激しくなって料金水準も低下するということだ。

総務省

「総務省は有識者会議のあり方そのものを見直すべきではないか」(吉川さん)

撮影・今村拓馬

楽天の参入により2019年10月からMNO4社体制になるわけであり、これ以上、政府が何もしなくても料金は下がる。欧米の先進国ではモバイル市場での料金規制は実質的に存在しない。とすれば、日本で携帯電話料金が高止まりしている理由は、料金規制にあるのではなく、単純に参入企業数が少ないことにある。

総務省の不思議なところは内外価格差を調査しておきながら、他の国の料金規制について触れないことである。おそらく当局にとっては不都合な真実なのであろう。これはパブリックコメントの総務省の回答にもよく表れている。海外の市場や政策に関するパブリックコメントに対して、総務省の回答は「諸外国で同様の例が見られること等という状況は検討の参考となるものですが、そのことをもって、我が国の携帯電話市場を踏まえた公正競争を促進するための措置が不要となるものではないと考えます」と木で鼻をくくったような回答となっている。

これでは何のために内外価格差の調査を行っているのかと言いたくなる。 新規参入者である楽天には、例えば楽天カードに加入する場合は携帯電話端末は無料、通信料金も格安、といったサービスを展開してもらいたかったが、どうやらかなり拘束を受けそうである。積極的無策のほうが消費者にとってはいいことも多いにも関わらず。

b. 通信料金、端末料金の個別料金メニューとセット料金メニュー両方の提示

通信料金と端末料金を分離する料金メニューに加え、これまで同様のバンドル料金プランも可能とする選択肢もあり得たはずだ。

イメージとしてはハンバーガーショップでハンバーガー、ドリンク、フライドポテトの個別メニューだけでなく、セットメニューも用意されている状態である。セットメニューは個別価格の合算よりも割安になるが、これは消費者側にも企業側にもメリットがある。

例えばSIMカードだけ差し替えたい人は通信料金プランだけ選べばいい。端末を機種変更し、通信サービスも見直したい人はバンドル料金を選べばいい。

だが今後は、携帯電話ショップでセットメニューが存在しないことに消費者が驚き、かえって不便だという声が続出しそうである。

5G端末の普及、遅れるか

5G

通信と端末の料金を分離することで、近い将来導入される5G端末の普及が遅れるおそれがあるという。

撮影・小林優多郎

今回の提言の最大の懸念は、5Gをこれからローンチしようというタイミングで通信料金と端末料金の完全分離をしたがために、5Gの端末が普及しないことである。5Gローンチ当初は端末価格も高くなるため、通信料金に端末料金を上乗せしたようなバンドル料金を採用しないと法人顧客を含め、ユーザーには普及しない。

残念ながら総務省の研究会とワーキンググループではそうした観点での検討が十分に行われていない。

有識者会議の役割は自戒も込めて言えば、事務局の提供する資料に対して、テレビのコメンテーターのようにワンポイントのコメントをすることではない。論点を特定し、その論点に対して複数の政策選択肢を提示し、それぞれの選択肢について定量的な側面、定性的な側面から長所、短所を明らかにし、最善の選択肢を推奨することである。

これまでほぼ毎年、提言を繰り返してきた当局と有識者会議に対してはエージェンシー問題が生じている。すなわち、何を提言しても自らは責任をとらなくてもいいという状況である。

他方で、携帯電話関連業界、消費者には目まぐるしく変化する規制への対応のため、膨大なコストがかかっている。社会からの信頼を取り戻すため、有識者会議の審議プロセス、政策効果の定量化やPDCAサイクルの運用、はたまた構成員の人選を含め、今後の在り方を見直す時期に来たように思う。

吉川尚宏 京都大学工学部卒、同学院工学研究科修士課程修了、ジョージタウン大学大学院IEMBAプログラム修了。野村総合研究所、同ワシントン事務所勤務等を経てA.T. カーニーに参画。情報通信、メディア、電力、金融等の分野におけるコンサルティングに従事。総務省の各種審議会、研究会等の構成員を歴任。著書に『価格戦略入門』(ダイヤモンド社)、『ガラパゴス化する日本』(講談社現代新書)、『「価格」を疑え』(中公新書ラクレ)。


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